―自分が自分に勝つとき―

かつてアメリカに今は閉鎖されて使われていないアルカトラズ刑務所があった。閉鎖後は観光地として公開されて

いると聞いている。

この刑務所はアルカポネのような大物の重犯罪者を収容する施設として建設された。それにも関わらず、実際には

軽犯罪者もたくさん収容されていたようで、それには、この刑務所の維持費を確保するためという大きな理由があったからだ。

今回の物語は、思わぬ運命のいたずらから、この刑務所に送りこまれた青年の悲惨な体験と、その中から立ち上がった

勇気ある決断の物語である。

両親に先立たれたこの青年は妹のためにわずか5ドルを盗み、そのために25年の懲役刑を受け、この刑務所に送ら

れてきた。仲間と語らって脱獄を計るが、仲間の内の一人の裏切りにあって計画は未遂に終わり、それから他の受刑者への

みせしめとして塗炭の苦しみを味わう事となる。

刑務所には地下牢があり、ここは暗闇の世界だ。この地獄のような暗闇の世界に1000日もの長きに渡って裸で

放り込まれ、粗末な食べ物と自分の排泄物と同居しなくてはならないと言う正に非人間的な扱いを受けることとなる。

刑務所のグレン副刑務所長はサディスティックな人間で容赦なく受刑者を痛めつける。

ましてや脱獄を計ったようなものには容赦はしない。こうして地下牢に放り込まれた何人もの人間が気が狂い廃人と

なっていった。正に、この世の地獄なのだ。光りのない暗闇の地下牢では正気を保つためには、自らに言い聞かせる

ように、かけ算九九を暗じたり、自分の大好きだったプロ野球の名場面を何度も何度も繰り返し思い出すことしか、

すべはなかった。

事件は、かつて脱獄を計ったとき、仲間を裏切った相手を殺すということから始まる。

刑務所内での殺人事件は裁判となり法廷の場に引き出される。青年は自暴自棄になっていた。今は少しでも刑務所

から逃れられることと、いっそ裁判で死刑を宣告され方が良いと思っていたのだ。この事件を担当したのが、大学を卒業し

若い弁護士として歩き始めたばかりの新進気鋭の弁護士だった。

周囲のもの達はどう弁護しようとも、どうせ死刑は免れない、裁判など受ける資格のない受刑者だからと言うのだが、

弁護士には何か心に引っかかるものがあった。

こうして受刑者と弁護士の間には殺人者とその弁護士というだけではなく、奇妙な友情が出来、受刑者が刑務所内で

非常な非人間的扱いを受けてきたことに同情すると共に、許してはおけないこととして憤りを感じ始める。裁判は受刑者を

弁護するという目的から刑務所内の犯罪的行為を摘発するという方向に進んでいくことになる。

ここから先は涙なしには語れない受刑者の心の葛藤が描かれていく。弁護士の語る正義を貫こうとすれば自らは

再び地獄のような、あの刑務所に帰らなくてはならない。その時にはより一層厳しい拷問を受けるに違いないからだ。

しかし、最後には自らを犠牲にして正義を貫くという血を吐くような決断をする。

それは人間として偉大な決断であった。受刑者は二度と生きてはこの世へは戻れなかったが、心には自分自身を乗り

越えたことへの誇りと満足感があった。胸を張って刑務所に戻っていく。

これは事実あった「ヘンリーヤング事件」をテーマにした映画である。この事件が明るみに出て、1963年3月2日、当時、

司法長官であった故ケネディ大統領の弟、ロバートケネディがアルカトラズ刑務所の閉鎖を行った。

この受刑者を演じたケビンベーコンは、その演技力を買われ、その後多くの有名な映画に出演している。

2000.1.17掲載

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