ーその4ー

「紙メンコ」

 「紙メンコ」、地方によっては「メンコ」とも言うらしいですが、僕らはもっぱら紙メンコと言っていました。

丸いのや四角のものがあり、図柄も野球選手や人気力士、丸いのには漫画のキャラクター等も

あったように記憶しています。

 丸いのには小さいのと大きいのがあり、大きい方を大判と呼んでいました。地面に置いている

相手のしめんこを自分のしめんこでひっくり返えしたり、すっくいと言って相手の紙メンコの下に

自分の紙メンコが入り込むと、勝って相手のものは自分のものになります。従って、強いものは

紙メンコをたくさん持って自慢していました。

 ひっくり返されないようにするために自分の紙メンコにロウを塗って重たくしたり、地面をきれいにならして、

紙メンコと地面の隙間がないようにしたり、うっすらと砂をかけて隙間をなくしたりしていました。

もちろん砂をかけるのは違反なのですが、口げんかをしながら、ああだこうだと自分の有利な方に

持っていくようにしていました。紙メンコ一枚と言えども自分の財産だったからです。

 従って、紙メンコをたくさん持っているという事は自慢でした。僕もたくさん集めていました。

当分の間は大事にとって置いたのですが、いつしか思い出とともになくなっていました。

「こっちん」

 紙メンコに似たものに「こっちん」がありました。こっちんは10円玉位の大きさだったと思います。

蝋を塗ってこちこちに固めてあり、何十枚か単位で売っていました。これをバラバラにして

土やコンクリートの上に置きます。そうしてその上に垂直にして地面に置いたこっちんにぶつけます。

元々固いものですから当てられたこっちんは反動で跳ね上がります。跳ね上がって裏返しに

なれば勝ちです。勝ったら相手のこっちんを貰います。

 こっちんを当てるときの音の響きが、こっちんと言うので、こっちんと言う名前が付いたのでは

ないかと思います。

「コマ回し」

 冬の遊びで忘れてならないのはコマ回しです。コマには色んな種類のものがありました。

一般的なのは木で出来たきれいな色を塗ったごく普通のコマでした。軽くて手軽に扱えるものです。

子供達が一番に手にするのはこのコマでしょう。

 少し大きくなると鉄の輪のはまった胴ゴマを手にします。これは鉄の輪がはまっていて、

いかにも丈夫そうなものです。重量感もありました。従って回してやると長時間回り続けます。

コンクリートの上などの条件の良いところで、互いにぶつけ合って喧嘩ゴマをしていました。

強くするために芯を短くしたり、どこかでさがしてきた鉄の棒に付け替えてみたり、色んな工夫をして

自分独自なものに作り替えていました。いかに相手に勝か、そんな事を考えながら工夫をしていました。

 コマを使って鬼ごっこもしていました。素手に載せると痛いので空き瓶のふたなどを利用して、

その上に回るコマを載せて相手を追いかけるのです。回り続けている間は追いかけることが出来ますが、

途中で止まってしまうと又コマを回さなければなりません。回り続けるコマを作るには鉄の輪を

より重いものにすることと、心棒の先を尖らせて抵抗を少なくする事ですが、あまり鋭く尖らせると

けがをしてしまいます。コンクリートの上で適当に尖らせていました。

 コマ遊びの神髄は綱渡りやちょん掛けです。これは小さい子には無理でした。小学校の

高学年くらいにならないと出来ない技でした。恥ずかしながら私に出来たのは綱渡りまででした。

ちょん掛けはどうしても出来なかったのです。不器用だったのかも知れません。起用にやる先輩や

友達の姿を見て悔しく思っていました。

 コマ回しやコマを使った遊びは正月を挟んで数ヶ月の間の遊びでした。春になると次第に誰も

やらなくなっていきました。遊びも季節によって変化していたのです。

「マーブル遊び」

 一般的にはビー玉と言われていますが、僕らの間ではマーブルと言っていました。地方によっては

ラムチンと言うところもあるようですが、ラムチンと言うのは昔のラムネ瓶の蓋の部分が、このビー玉

だったからではないでしょうか。いずれにせよ、皆同じガラス製の丸い玉のことです。

中にはきれいな色の入ったものなどがあり、大変カラフルでした。今でも時折、畑の中などで

ビー玉を見つけることがあります。ビー玉の透き通った光りの中に、懐かしく子供の頃のことを

思い出しています。

 ビー玉を使った遊びの中には「三角出し」や「天登り」があります。

「三角出し」

 「三角出し」は、三角に書いた枠の中にビー玉を並べ、少し離れたところから、このビー玉めがけて

自分の玉を当てるのです。当たった反動で囲いの中の玉がはじき出されると、はじき出された玉は

自分のものとなります。

 普通に投げたのでは、なかなかうまくはいきません。従って、親指と人差し指に唾をつけて

滑りやすくして、指の間に挟んだビー玉を勢いよく滑り出すようにするのです。こうするとマーブルは

勢いがつき、投げるよりは当たった時の反動が大きかったようです。

汚れた指に唾を付けながら、どの方向から当てたらうまくはじき出すことが出来るか考えながら

やっていました。

「天登り」

 この遊びはマーブルを使ったミニゴルフのようなものです。地面に穴を開けておき、その穴の中に

ビー玉を投げ込んで、うまく入れば次の穴をねらえるというものです。簡単なようですが、

なかなかうまくはいきません。何しろ離れているところから小さな穴を目指すのですから、

たいていは穴より離れたところを転がってしまいます。たまたま、うまくいっても穴が浅かったり、

玉の勢いが強かったりすると穴から出てしまいます。立っていたのではうまく狙えないので、

地面にしゃがみ込んで穴を見定めて慎重に投げていました。こうして、お互いに交代をしながら

次の穴、次の穴へと狙って行きます。

 そして、最後の穴が「天」と言うわけです。早く天にまで行けたものが勝ちとなります。この遊びは

三角出しよりも面白くて、地面のある広場があれば早速、穴を掘って始めていました。

経験豊富な年上の者の方がうまかったし、同じ年齢のものでも、上手い下手がはっきりしていました。

そして、投げ入れる方法も自分なりに、いろいろと工夫していたように記憶しています。


「終わりに」

 子供達はおもちゃがなければ遊べないと言うわけではありません。おもちゃがなくても、

遊び遊具がなくても、子供達は子供達なりに工夫して遊びを見つけていたのではないでしょうか。

 小さい子供達は大きい子供達から教えて貰った遊びを伝統のようにして、次の世代に伝えて

いました。ことさら、こうするんだ、ああするんだと言わなくとも、みんな見よう見まねで覚えていった

ようです。幼い子供達もある年齢に達すると遊びの仲間に入れてもらえるし、山にも川にも連れて

行って貰えるようになります。こうして仲間に入ると、自分も一人前になったような気がしていました。

 遊び場と言っても路地裏の小さな空間であったり、今改めて見るとこんなに小さな庭だった

のかと思うような荒神さんやお薬師さんの庭なのです。その小さな庭が子供達の遊び場の全てだった

のです。今もその空間に足を踏み入れると、ふと子供達の声が聞こえてきそうな気がします。

 女の子のままごと遊びについて思うことですが、泥で作ったものをお菓子だと言ったり、花や草を

摘んできてはきれいに飾ったり、お母さんを決めたり、お父さんを決めたりと、想像の中で楽しくやって

いました。子供達の遊びは、こうあるべきではないのかと思うのです。こういう「ごっこ遊び」を通じて、

大人になる準備をしているのではないでしょうか。

 どんなに小さな空間であろうと、子供達にとっては自分の家であり台所なのです。豊かな想像力を養い、

夢を培っているのです。

 今の子供達に一番欠けているのは、こうやって、多くの集団の中で外で遊ぶ機会が私達の

子供の頃に比較すると、格段に少なくなっているような気がしてならないのです。

もっと自由に、思いっきり外で遊ばせてやることこそ、必要な事ではないでしょうか。

私なりの意見を付け加えて、このシリーズの締めくくりとしたいと思います。

                                            2000年11月14日掲載

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