ーその3ー

「飛行機作り」

 小学校も高学年になると、次第に遊びの質も変わってきます。正月を挟んで、年末はもっぱら

飛行機作りです。竹籤(たけひご)や、プロペラや紙や動力ゴムの組み立てセットを買ってきて

組み立てます。

動力はゴムひもですが、驚くほど良く飛ぶのです。飛行機作りで一番難しいのは、バランスの取り方と、

どっちの方向に曲がるようするかということです。うまくいかないと、失速して地面にぶつかってしまいます。

どれくらい失敗して何機壊したでしょうか。壊れても懲りずに修理したり、新しく作っていました。

 出来上がった飛行機を持って学校の運動場に行くと、すでに他のものが来て飛ばしています。

うらやましいくらい空高く上がって、うまく旋回しています。滞空時間がとても長いのもあります。

ゴム動力がたっぷりあるのでしょう。

 プロペラを回して、ゴムがきつくなるまで巻いていきます。もう切れそうだという限界まで巻いて離すと、

うまく出来ていると、そのままどんどん浮上していきます。ひとしきり飛んで動力がなくなると、

ゴムひもをだらりと下げた状態でゆっくりと下りてきます。

 うまくいかなかったり、壊れたりすると家に持ち帰って修理をします。父は側で見ていましたが、

決して手出しも口出しもしませんでした。子供達だけで黙々としてやっていました。

 僕らの頃の人気機種にテルミットというのがありました。この機種は上手に組み立てると良く飛びました。

みんなの人気機種で売り切れるような時もありました。組み立て飛行機は長細い袋に入っていました。

わずかな小遣いを溜めては買って帰って組み立てていました。

何機壊して何機作ったか数え切れないくらいです。

「たこ揚げ」

 正月になると大川の堤防の上は、たこ揚げで賑わっていました。冬の堤防の上では常に風が吹いており

障害物もなく、格好のたこ揚げの場所でした。

 凧の足を新聞紙などで長くして凧のバランスをとっていました。糸を継ぎ足し継ぎ足しして、凧が小さく

点になるくらいまで高く遠く揚げていました。糸には小さな紙切れを通して、それが凧の側までするすると

登っていくのを楽しんでいました。何時間でも飽きもせずにやっていたのは、僕らの大空に対する

あこがれだったのかも知れません。びゅんびゅんと音をたてて耳のほとりを北風が吹き抜けてゆきます。

かじかむ手をこすりながら、いつまでも大空の点のように小さくなった凧を見上げていました。

「石蹴り」

 道具を使う遊びと行っても自転車があるわけでもなく、もっぱら手近にあるものが遊び道具でした。

その遊びに石けりやけんぱがありました。

石けりは地面に長細い囲みを作り、その中で遊ぶのです。遊びの材料は瓦、古い瓦を探してきて

10センチ角位に四角に割ります。大きさは適当でよいのです。あまり大きくしすぎると割れやすくなり

相手の的にもなりやすくなります。だからといって小さくし過ぎると扱いにくくなります。

 陣営は二手に分かれます。じゃんけんで先攻と後攻を決めます。負けた方は、長細い囲みの一方の側に

作った自分の瓦を立てて並べます。勝った方は、この瓦をめがけて持っている瓦を投げて倒すのです。

相手の瓦を全部倒してしまうと、第一段階の勝負が決まります。

 第二段階は足の甲に瓦を載せて相手の瓦まで近づいていき、載せてきた瓦をぶつけます。

次は肘、次は肩というように瓦を手に持つことなく、自分の体のあちこちに載せて、相手の瓦を倒す

という遊びです。やり始めると結構面白いのです。

 瓦は必需品なので、どこからか拾ったり積んであるのを拝借して使っていました。一回使い終えると

ぼろぼろになってしまいます。あたり一面割れた瓦が転がっていました。みんな僕らが壊した瓦です。

「けんぱ」

 けんぱは主に女の子の遊びでした。遊びに、これが男でこれが女と言う区別はないのですが、

ゴム飛びと同じように、何となく女の子の遊びになっていたような気がします。

けんぱも遊び道具は手頃な大きさの石や瓦でした。中にはガラス製のものもあったように

記憶しています。それを小さく区切った枠の中に放り投げ込んで、そこまで片足で跳んだり、

両足で跳んだりしながら、その場所に行き拾って元の場所に帰ってくると言ったような遊びだったと

記憶しています。女の子達も活発に外で遊んでいたようです。

                                            2000年11月14日掲載

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子供の頃の遊び  その4

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