木を植えよう、森を作ろう

失われゆく熱帯雨林

 日本は材木をよその国に依存してきました。特にマイホームの建設ラッシュ時には大量の材木を輸入してきました。

ベニヤ板や合板の材料となるラワン材や米松と言われるような針葉樹等です。その中でも特に需要が多かったのは

ラワン材など南方系の材木でした。全ての責任が輸入国である日本だと言うわけではありませんが、その結果、密林が

失われ、むき出しの大地がたくさん残ってしまいました。

 ブラジルでは農地を開拓するために太古以来の密林がものすごい勢いで伐採され、大きな道路が密林のど真ん中を

走り、その道路沿いには櫛で削ったように小さな道路が出来ています。この道を足がかりにして密林の奥へ奥へと開発

の手が伸びています。密林のめぐみにより生きてきた人達は開発に猛反対していますが、推進派との間に深い溝が出来、

争いとなっています。

 木が切り払われ焼き畑となった大地はやがて疲弊し、何も育たない不毛の土地となってしまいます。赤茶けた大地は

まるで皮を剥かれた動物のように息絶え絶えになって横たわっています。アマゾン川流域の密林には未発見の有用な

動植物がたくさん存在すると言われています。しかし、その多くが開発と共にむなしく失われています。開発の跡に何が

残るというのでしょうか。緑は私達に多くの物を与えてくれます。それと同時に、心も豊かにしてくれます。

緑したたる森や林や山を見ていますと何となく心が落ち着き和んでくるのを感じます。

街に木を植える

  都会の夏はヒートアイランド現象がおきています。鉄とコンクリートとアスファルトで固めてしまった都会は夜になっても

冷えることなく、再び暑い朝を迎えます。この繰り返しなのです。いくら強力にクーラーを効かせても屋内だけの事で一歩

外に出ると灼熱の地獄なのです。多くの電気エネルギーを無駄に消費しています。この悪循環を何とか断ち切ろうと考え

出されたのが、木を植えることです。最近ではビルの屋上にも木や植物を植えて、少しでも建家の中の温度を下げようと

いう試みがなされています。深い山に囲まれた山村に行くと気温が二、三度下がります。木々が温度を下げているのです。

都会でももっと木々を増やせば必ず温度は下がります。

山は海を育てる

 山は海を育てると言います。山が豊かであると山の有機物が海に流れ込みプランクトンを増やすのです。昔から緑豊かな

山のほとりには豊かな漁場があることを、みんな経験的に知っていました。「山は海を育てる」良い言葉ではありませんか。

禿げ山では海は育たないのです。先日も漁業関係者が山間部の農村と共同で植林を行うのだという記事が出ていました。

 毎年繰り返される山の営みは秋になって大量の落ち葉を降らせます。落葉は山を肥えさせるだけでなく海にも多くの栄養を

与えるのです。海産物を増やそうと思えば、まず山を肥えさせなければなりません。広葉樹のたい肥は豊富な栄養源となって

海に注ぎます。

木を植える努力

 「木を植える男」という本がベストセラーになりました。(たった一人で木を植え続け、荒れた大地に大きな森を作った男の

一生を書いた小説です。南フランスのプロヴァンスに住んでいたジャン・ジオノが書きました。この小説は世界中の人々に

深い感銘を与えました)、何もない大地に木を植え続け、ついには林から森になるという、ただそれだけの話でした。しかし、

それだけの話の中に一人の男の気の遠くなるような努力が見えてきます。たった一人の努力が裸の土地を緑豊かな大地に

変えてしまうのです。森が出来れば動物たちも帰ってきます。豊かな水も蓄えられます。川が出来れば魚たちも住み着く

ようになります。こうして豊かな自然循環の輪が出来るのです。

 校長先生が子供たちの情操教育のために校庭に林を作ったという話しも聞きました。NHKのプロジェクトXという番組では

襟裳岬に緑を蘇らせ、おまけに海にも豊かな昆布の林を取り戻したという話、「えりも岬に春を呼べ」という番組も放映され

ました。ある人は海に昆布の林を作ろうと提言しています。昆布はそれ自体も海産物になりますし、昆布周辺には多くの海の

生き物たちが住み着くというのです。みんな緑を取り戻した実例と提言です。宮沢賢治の小説の中にも同じような話が出て

きます。ドングリを拾って緑を作ろうという運動も、日本全国あちらこちらで行われています。こうした取り組みが国内だけでは

なく、お隣の中国でも、また乱伐で荒れ果てた東南アジアの各地でも、日本人が中心となって取り組まれています。

 一方、日本の山々は荒廃の一途をたどっています。松枯れがとどまることなく続いたり、産業廃棄物が山中深く埋められ

たり、山を削り谷を埋め姿形が変わってしまっています。このままいけば必ず手痛いしっぺ返しを食らうに違いないのです。

そうならないためにも、私達自身が「木を植える人間」になろうではありませんか。

自然涵養林

 これからは水が重要な資源になるといわれています。日本は比較的水には恵まれた国です。従って、水道の水も他の品物

に比べれば高いものではありません。日本は地理的にも特有な位置にあり、年間の降雨量も少なくありません。しかし、山が

海に迫っており、降った雨の大半はたちまちの内に流れ去ってしまいます。ダムを作るにも限度があります。

 雨水を溜める一番良い方法は山に木を植え保水力を高める事です。今では多くの山が針葉樹の植林に変わっていますが

かつてはブナや樫といった広葉樹が大半でした。これら広葉樹は自らの力で保水力を高めていきます。豊かな山がある所は

年中水が枯れることはありません。従って、ダムを作るよりは広葉樹の森を作る方が遙かに安上がりで利にかなっている

のです。私は多くの公共費用を使ってダムを作ることよりは豊かな広葉樹の森を作ることを提案します。

 豊かな森は水を蓄えてくれるだけでなく、野生の動物たちの拠り所ともなるのです。豊かな森が出来れば猿やイノシシの

被害も少しは少なくなるのではないでしょうか。

 かつて私達の生活の多くは川に依存していました。田舎に行けば家のすぐ側を清流が流れていました。両手で掬えば飲め

そうなくらいにきれいな水でした。現に私の母の実家では今でも山から引いた水を生活用水に使っています。洗濯も風呂の

水もみんな川の水だったのです。

閑話休題(古井戸の再利用)

 町に近いところでは井戸水が主役でした。夏のかび臭い臭いのする水やカルキ臭い臭いのする水よりは遙かにきれいで

おいしい水です。今でも利用可能な井戸水が残っているはずです。私は家内のおじいさんが作った井戸水を利用しています。

長らく利用されていなかった井戸水は一回目の調査では大腸菌がいて利用できませんでした。井戸ポンプを設置して一年間

畑の水として利用している内に水は見違えるようにきれいになりました。二回目の検査では細菌はゼロになっていました。

また、発ガン性のある物質も検出されませんでした。保証付きのミネラルウオーターです。皆さんも家に古い井戸があったら

是非再利用して下さい。水不足の年の給水制限も我が家だけは関係ありませんでした。冬は暖かく、夏は冷たい井戸水は

理にかなった水なのです。

                                                      2002年1月3日掲載

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