新年の挨拶

 激動の2002年が終わり、2003年が始まりました。昨年は私自身にとっても色んな事で思い出に残る年となりました。

さて、今年はどんな年になるのでしょうか。不安でもあり興味もいっぱいです。

 一寸先は闇と言われますが、人生はまさにその通りです。だからこそ面白いのかも知れません。北朝鮮に拉致され、

家族の方以外の記憶から消えていた人達が、突然、帰国されました。島津製作所に勤務する田中耕一さんは私達と

同じような平凡なサラリーマンでした。ところがある日ノーベル賞の受賞者となられました。ご本人にとっても晴天の

霹靂のような出来事だったのではないでしょうか。一昨年のニューヨークで起きたテロは白昼夢を見ているような感じ

でした。まるで映画の一シーンのようでした。すべては歴史の中に組み込まれた事かも知れませんが、誰も明日の

ことは分からないのです。

 私も人生の半ばを過ぎ、次の人生へのステップのための助走期間に入りました。振り返ってみれば私の歩いてきた

道こそ日本の戦後そのものでした。多くの都市が空襲で焼かれ、困窮の時代を生き抜いて来ました。そして戦後、朝鮮

戦争等の特需に助けられたとは言え、日本人らしいひたむきさと勤勉さで今日の日本を築いて来ました。

 振り返ってみますと私達世代が社会人となった頃、最早戦後ではないと叫ばれ、高度経済成長期に入りました。東京

オリンピックがあり大阪の万博があり、国際的にも日本の存在を大きくアピールした時代でした。安保闘争、ベトナム

反戦、労使の対決等、エネルギーとエネルギー、力と力が激しくぶつかり合い沸騰する時代でした。社員は企業戦士

ともてはやされ、中卒者は金の卵と言われ、大学さえ出ていれば就職先を選ぶのに困るほどでした。

 しかし、繁栄は長くは続きませんでした。知らぬ間に足下にはバブル崩壊の波が押し寄せていました。土地神話に

踊らされて買いあさった土地は二束三文となり、株券はただの紙切れになってしまいました。あの狂乱と退廃の中で

誰が今日のような深刻な経済状態を考えていたでしょうか。あのドルショックや石油ショックでさえも経済成長の足が

かりにして来た日本なのですが。

 一方、家庭には物が満ちあふれ、四畳半一間に小さなちゃぶ台一つと言う時代は、遠く過去のものになってしまい

ました。それほどに物が豊かになったのに、この心の空白は何なのでしょうか。営々と築き上げてきた将来への夢は

どこに消えてしまったのでしょうか。いま私達の心の中には将来への漠然たる不安が渦巻いています。

 このように、私達はほんの半世紀の間に天国と地獄を同時に体験してきました。その間、置き忘れてきたもの、投げ

捨ててきたものが少なくありません。今こそ、この世に生を受けた意味は何なのか、人生は如何に生きるべきなのかを

自らに問いかけてみたいものです。お金や財産が豊かになることだけが人生にとって幸せな事なのでしょうか。あの貧

しさの中で家族が隣近所が身を寄せ合って生きてきた昭和三十年代が無性に懐かしく思えるのは何故でしょうか。

心豊かに生きることこそ、私達が求めていることではないかと思うのです。

                                                   2003年1月2日掲載

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