企業と監督官庁

 私の勤めている会社は今、イギリスに工場を建設中です。その工場から時々問い合わせがあります。建設中の設備に

ついて、日本では、どういう施工方法になっているかという問い合わせです。先日は設備の接地の取り方についての問い

合わせでした。接地工事は静電気など爆発災害の原因となるものを除去するためのものです。

 接地工事の対象となる設備は製造工程で出てくる排ガスを一時的に溜めておくタンクです。イギリスでは、そういった

タンクの法的な規制がなく、それぞれの工場が自主的に安全対策を行っているようです。日本では、すべての設備に

ついて、施工に関して法律で厳しく定められています。そして、監督官庁の厳しい指導があります。一方では規制がなく

工場が自主的に行う安全対策であり、一方は監督官庁の指導や法律の規制によって行う安全対策です。

 昨年、一昨年と、狂牛病問題(BSE)や雪印乳業の不祥事など、監督官庁の指導があったにも関わらず世間を騒が

せるような大きな事件がありました。今度、事故や不祥事を起こせば、企業の存続そのものを脅かすようなことになり

かねません。従って、社会的な信用を失墜するようなことは、監督官庁の指導や法律があるなしに関わらず、企業が

社会的な責任を負わなければならないことは言うまでもありません。金融機関を初めとして、今日の企業が抱えている

多くの問題が、護送船団方式と陰口をたたかれるような企業の自主性のなさに起因しているように思うのです。

 日本には昔からお上の言うことさえ聞いておれば良いという風潮がありました。企業も私達もそう言う環境の中で育って

来ました。しかし、本当にそれで良いのでしょうか。本来は私達自身のことです。施工方法に手抜きがあり事故になって

困るのは私達や私達自身の会社や工場です。私達自身に自覚が足りなかった事と慣習に流されて来たように思います。

 今までは、監督官庁の言うことを聞いておきさえすれば良かったのですが、今後は企業の自主的な規制が必要なの

ではないでしょうか。得てして監督官庁の心証をよくするためにだけ企業は神経を使ってきました。そこに、監督官庁と

企業との馴れ合いや癒着が生じてきます。何もかも企業まかせでは企業も困るでしょうから、一定程度の指針のような

ものは必要でしょうが、イギリスのように、企業自らが社会的信用を失墜しないような自主規制による保安防災の手段

を講じることこそ、本来のあるべき姿ではないでしょうか。

 そうすれば監督官庁の業務も減らせますし、小泉政権の公約である本当の行政のスリム化にも繋がっていくのでは

ないでしょうか。

                                                      2003年2月21日掲載

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