受験の話

 私の生涯で最後になるであろう試験をこの秋に受けました。難易度の高いと言われる国家試験でした。新しい職場の

役職上受けざるを得ないものでした。受けようかどうしようかとさんざん迷いましたが、意を決して受けることにしました。

受験日まで二ヶ月余りしかありませんでした。季節は秋でもあり娘の結婚式など、公私ともに行事がたくさんあり大変

忙しい時期でした。着任した役職にも慣れぬままの受験勉強が始まりました。

 まさに五十の手習いならぬ六十の手習いでした。心の中では、どうせ受かることはないのだからほどほどにしておけば

よいと言う怠惰な心と、受けるからには頑張らなければと言う義務感が交錯して複雑な気持ちでした。そんな相反する

心を持ったまま受検勉強を始めました。いざ勉強を始めると中途半端な事は出来なくなり、好きな趣味も脇に置いたまま、

次第に試験勉強にのめり込んで行きました。

 始めて問題集を手にした時には、こんな難しいものが解けるのだろうかと思っていましたが、繰り返し勉強をする内に

難なく解けるようになってきました。しかし、それはあくまで模範回答が側にあっての話でした。わずかながらも、この程度

の問題であれば何とかなりそうだという淡い期待感を胸に抱きながら試験会場に臨みました。

 いよいよ試験開始です。法令の問題は難なくクリアしました。保安管理の問題も勘違いの箇所はありましたが何とか

得点圏に入ったようです。しかし、一番問題だと言われていた学識には、やはり面食らいました。過去問が解けるように

なったくらいの付け焼き刃で解けるような問題ではありませんでした。どうやら昨年の試験当たりから、出題の傾向も

少し変わってきたようです。私のように基礎を学ばずして、いきなりこれらの問題を解くには荷が重すぎたようです。

 私が在職中の最後の挑戦は目の前であえなく潰えてしまいました。やはりハードルは限りなく高かったようです。もし、

この先も会社に長くいる身であれば、もう一度基礎から勉強をし直して挑戦してみたいものです。こうして生涯最後の

挑戦は見事に敗退してしまいました。分かり切っていた結果だと言えばそれまでですが、私なりに短期間で集中的に

勉強し充実した期間でもありました。今は悔しさよりも、せいせいした気持でいます。

 試験に臨むに当たって気がかりだったのは、長時間の緊張にどれくらい耐えられるのだろうかという不安でした。問題

が解ける解けないと言うよりは、極度の緊張感の中にいて、今の体力でどれくらい耐えられるのだろうかという心配でした。

会場を見渡しても私のような年齢のものは誰もいませんでした。午前中は何とかやり過ごすことが出来ましたが、午後から

は未知数でした。しかし、それも何とか絶えることが出来ました。これも健康であればこそと感謝しています。何事に付け

健康が一番です。結果はダメでしたが、健康のありがたさと頭はまだまだ老化していないという自信だけは確認する事が

できました。

                                                     2002年11月30日掲載


追記

 この一文を掲載後約2ヶ月が過ぎました。その2ヶ月後に奇跡的な事が起こりました。結局ダメだろうと完全に諦めて

いた、この試験のことです。すでに受験票さえ捨てていました。

 2月2日、日曜日、早朝の郵便受けの新聞を取りに行きました。すると、一通の郵便物がありました。昨日来たもので

しょう。よく見ると高圧ガス保安協会からのものでした。「ああ、やはり不合格通知が来たのだな」と思い、いささか、いやな

気持になりながら開けて見ました。すると収入印紙を貼る欄があるではありませんか。もしやと思い半信半疑の気持で

開いてみると合格という文字が見えました。まさか、まるで騙されているような気持でした。寝ている家内を起こして見せま

した。紛れもなく合格通知だったのです。

 改めてインターネットで合格通知の番号と画面上の合格者番号を照らし合わせて見ました。同じ番号が掲載されていま

した。

 こうして私の人生に於ける最後の挑戦とも言うべき国家試験はハッピーエンドとなったのです。三科目、各60点以上で

なければ合格にはならないようですから、私がダメだと思っていた「学識」も何とか合格点が貰えたようです。諦めずに

試験会場に最後の一人になるまで頑張ったのが良かったのかも知れません。

                                                   2003年2月11日掲載

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