私のサイトでは、今までにも地震に関しての事を、様々な角度から何度か取り上げて来ました。

私はことのほか、地震に関心を持っています。子供の頃から、地震に関する本や、体験談を

見聞きする事に大変興味を持っていました。しかし、自分が体験するとなると話は別です。

そして、被災者にでもなったら、こんな気楽な事は言っておられないのではないかと思います。

 私は、安芸灘を震源地とする今回の地震が発生する2日ほど前の夕方、地震雲らしきものを

見ていました。ジェエト雲のようなのですが、幅が広く、両端のとぎれた帯状の雲が、二本上下

に並んで、南北方向よりやや西に傾いた感じで懸かっていました。この時は、夕焼けの美しさの

方が先行し、地震雲では無いのだろうかというのは、ふと感じた位でした。しかし、妙に気になって

その後、畑までの道を歩きながら、もし、今見たものが地震雲だったら、どれくらいの規模で、

どこらあたりが震源地になるのだろう等と、とりとめもない事を考えていました。まさか本当の地震

が2日後に発生しようなどとは、全く、思いもよらぬ事でした。従って、今でも、これが地震雲だと

いう確信は何もありません。余りにも夕焼けがきれいで、写真にでも撮っておいたら良いだろう

なあ等と、うららかな春の夕暮れを、ぼんやりと眺めていた程度の事で、地震に遭遇するまでは、

すっかり忘れていました。

 そして、当日の事です。3月24日、私は午後から休日出勤し、2時半からの定修工程会議を終え、

自分の机の前に戻ってきた時でした。突然、周辺の窓が、がたがたと音をたてて揺れ始めました。

これは結構大きな地震だなと思っていました。揺れは一時治まるかに思えたのですが、更に一段

と大きくなり、外へ出ようか、それとも机の下に潜ろうかと一瞬迷っていました。揺れは30秒以上

続いたのではないかと思われるくらい長く感じました。揺れが治まり、すぐさま各所の点検に走り

ました。幸いにして、人的被害も設備にも異常はありませんでした。工場は定期修理中でしたので、

課長指示で緊急に関係者に集まって貰い、事故の有無を確認し仕事の継続の必要性が有るか

無いかを確認しました。幸いにして、休憩後の仕事にかかり始めたところでもあり、転落や転倒など

のトラブルも無かったようでした。関係者の話ではレッカー車のブームが大きく揺れて、今にも転倒

しそうであったとの事でした。正に、間一髪で災害を免れたというところでしょうか。

 震源地は広島県の安芸灘だと言うことでした。震源の深さが60kmと非常に深いところであった

ことも幸いしたのかも知れません。もっと浅いところの地震であったら、この程度の事では治まら

なかったのではないかと思うと本当にぞっとします。私にとって非常に貴重な体験でした。

 それにしても、あの夕焼け雲は何だったのでしょうか。大地震の前は、ずっと晴天が続いており、

あの日の夕方も春霞とも黄砂とも区別の付かないような靄に覆われて、近隣の山は薄ぼんやり

と霞んでいました。その中にあって、異様に美しく赤く染まった帯状の雲が懸かっていたのです。

その時、何気なく地震雲ではないだろうかと思ったのは、私自身の予感だったのでしょうか。

今にして思えば実に不思議な気がします。

 比較的、天災の少ない岡山県だと言われてきましたが、ここ数年間、近隣地域に頻々として、

大きな地震が発生しており、安閑とはしておられない状況になってきました。偶然が常に良い方

にばかり味方をするとは限りません。一旦、ことある時の事を想定し、備えあれば憂いなしと言う

状況にしておきたいものです。

 今回の地震は芸予地震と名付けられました。この周辺は地震の巣のようなところだそうです。

過去にも何度も大きな地震が発生しているそうです。自分たちの住んでいる足下にこんな大きな

地震の巣があるなどということを誰が考えていたでしょうか。知らないという事は怖いことです。

そして今、ひそかに南海地震の記憶が甦りつつあります。芸予地震より遙かに大きなエネルギー

を持った地震だそうです。

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