あなたは一日を短く感じていませんか。私は年齢を重ねるに連れて一日を短く感じています。

記憶の中での一年が長かったのは小学校時代だったように思います。小学校時代の6年間は

おぼろげながら長かったように記憶しています。しかし、中学校、高等学校とそれぞれの3年間

はあっと言う間に過ぎてしまい、就職、結婚、子育てとあわただしく人生を走り抜けて来ました。

 いったい私達にとっての時間とは何でしょうか。闘病者にとっての苦しみの時は長く、楽しい時

は短く感じます。時間とは私達の生活スタイルと密接な関係があるように思うのですが、これは

私だけが感じている事なのでしょうか。

 現代人はなかなか多忙です。会社で働いていても、家庭の中にいても色んな仕事や遊びや

楽しみがたくさんあります。ある人は分刻みで仕事をしていると言います。こんな人にとっての

一日は生活の充実感とは裏腹に、短い一日であろうと思います。一晩寝たら又明日も同じ事の

繰り返しです。こうして一年はあっと言う間に過ぎて行きます。

 「ロビンソンクルーソー」という小説を読まれた事があるでしょうか。これは、私の愛読書の一つ

でした。ロビンソンは船が難破して孤島にたどり着き、そこで孤独な生活を始めます。彼の生活の

全ては生きてゆくことです。生きていく手段は食料の確保、水の確保、外敵から身を守ること、

そして孤独との闘いです。一日の全てが自分自身の生きてゆく事に費やされます。娯楽は

ありません。自分で計画したことを、こつこつと実行していきます。孤独とは裏腹に充実した一日

です。帰る当てのない時間はたっぷりあります。こうして何年もの長きに渡って孤島での生活は

続きます。おそらくはロビンソンにとっての島を離れるまでの生活は非常に長く感じたのでは

ないかと思います。

 昔の旅は徒歩や馬でした。籠という手段も似たようなものです。スピード感覚というものが現代と

まるで違っていました。人間の目に映る景色は人間の歩くスピード以上にはついていけないと言い

ます。自転車のスピードでさえ道ばたの草花のかわいい姿をとらえることは出来ません。このように

スピードが速くなればなるほど見落としているものも多いのです。

 日本人の旅行はいっぺんにあれもこれもといった大変欲ばった旅行です。その結果、一ヶ所に

とどまる時間は非常に短く、見落としたり記憶にとどめることが少なく、結局2、3年もしたら忘れて

しまうような旅行も多いのではないでしょうか。昔の人は旅行の回数が少なく、それだけに思い出

に残る旅行だったようです。数の多いのが良いのか、少なくても思い出に残るような旅行が良いの

か議論の別れるところだろうと思います。

 こうやって色んな事柄を見てきますと、現代人ように欲張ってあれもやってみたいこれも経験して

みたいといった生き方が果たして幸せな事なのだろうかと考えさせられてしまいます。楽しいことは

一日に一つ、しんどいことも一日に一つ、そんな生活の中で時間がゆっくりと流れていくことを楽し

みたいと思うのです。そう言いながらも、今日も私は忙しく一日を過ごしています。

 季節は毎年同じ時間の中で流れています。忙しさの中で大切な花の季節も足早に通り過ぎて

いきます。今年も又、テレビの中で花見をしたと言うことのないように、仕事を中断して外に飛び

出してみてはどうですか。そこには悠久変わらぬ自然の時間が流れているはずです。

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