私がこのページの構想を思い立ったのは2000年2月の初め頃でした。

それからわずか2ヶ月足らず、その間にも多くの事件や事故、そして時事問題が発生しています。

一ヶ月前のことは色あせて見えるほど変化は早く、時に激しく、正に時々刻々と移り変わっていきます。

しばらくの間色んな形で移り変わる世相について思いつくままに書いてきましたが、取り上げたいテーマが

余りにも多く、且つ変化が早いので、書くのが追いつかないような状態です。それでも書きたい、書かなければ

ならないと思う心は日々募るばかりです。そこで今回からは書き方を二つに分けてみようと考えました。

一つはみんなと一緒に考えてみたいこと、これからもずっと考え続けて行かなければいけないこと、それは今まで

通りの形で書いてみたいと思っています。

もう一つは日々変化するもの、それでもみんなには見過ごしてほしくないこと、それはこれから始めようと思う

「時事刻々」の中に書いていきたいと考えています。

私の書いたものが、どれくらいの方に読んでいただいているのかは分かりませんが、一人の方にでも目をとめて

いただければ、それはそれで十分だと思っています。

これからも、私なりの見方考え方をホームページに載せてゆきたいと考えています。

めまぐるしく移り変わる現代社会、昨日のニュースが、もう古びて見えるような気さえします。

                                              2000年4月25日    もの作り


雪印事件のもたらしたもの

雪印、それは雪の持つ清らかなイメージと、雪国北海道のイメージとが重なって、いかにも新鮮な乳製品で

あるという印象が非常に強かった。

それだけに今回の事件は衝撃的である。事件の印象を悪くしたのは社長を初め、会社関係者の対応のまずさである。

公にしたくない、今後の事を考えると何とか穏便に済ませたいと思うのは誰しもの人情というものであろう。

しかし、現に多くの犠牲者が出ているのに、あくまで隠そうとするのは大会社の取るべき真摯な態度とは言えない。

もっと素直に事実関係を明らかにして、犠牲者を一人でも少なくするように努力すべきではなかったろうか。

この事件を考えるとき参天製薬の目薬に異物を混入させた恐喝事件を思い起こすのである。

この時、会社関係者は大きな損失を覚悟で、全ての目薬を薬屋や眼科医から撤去させた。幸いにも異物混入は他の

商品にはなく、犠牲者もなかった。

両方の経営者の対応には、際だった相違点がある。いかにトップに立つものの資質に依存するべきところが大きいかを

まざまざと見せつけられた両事件であった。

決断と勇気、それと社会に対して担っている企業としての責任意識、今日の企業トップにもっとも欠落している部分で

はないだろうか。トップといえども、もちろん人間である。全てが神のようにいかないのは当然である。しかし、責任者

としての自覚があれば、どうしなければならないかと言うことは、日頃から考えておくべき事である。

「そごう」の経営者は債権を放棄するように債権者に要望したという。金融再生委員会は関係している新生銀行に

多額の税金を投入し、銀行の再建を援助している。そこに今回のそごうからの債権放棄の話である。債権の肩代わり

をしている銀行を助けるという名目で金は「そごう」救済に使われることになった。

いい加減にしろと言いたい。自らの経営の責任を放棄して、国の税金で穴埋めなどもってのほかだ。

バブル崩壊後、多くの企業が倒産に追いやられてきた。倒産企業の多くが銀行など金融に関わる企業であった。

政府は新生銀行を始めとして多くの金融機関に対し、預金者保護の建前から、国民の莫大な税金を投入してきた。

そのために、政府がかかえる負債は国民に対する大きなつけとして未来に残された。

負債はとてつもなく大きな数字だ。おおよそ返す目途などつかないような数字なのである。

そごうの後にはダイエーやゼネコンなども控えていたという。これらは自民党に取っては銀行と共に金蔓に近いような

企業であった。政府の発注する公共投資の何割かは、必ず見返りとして自民党議員達の懐に入っていた金だった。

中尾元建設大臣が現在取調中である。背後には官僚や他の議員の名前も取りざたされている。

今までにも多くの疑獄事件が闇から闇に葬り去られてきた。トカゲのしっぽ切りのように、弱いものが追いつめられ、

犠牲者が出ると事件はいつの間にかしりすぼみに終わってしまっていた。今度だけは絶対にそうしてはならない。

銀行やゼネコンと言った自民党議員にとっては金ずるであったところがすべて破綻を来している。

自業自得と言えばそれまでだが、その尻拭いまでもさせられたのではたまったものではない。

雪印事件にせよ、「そごう」問題にしろ、企業の社会的責任と、多くの生産者や従業員の生活がかかっていることの

認識が欠けているか、あったとしても非常に甘いように思えてならない。

また、そう言う会社がバブル期にはあぶく銭に群がり、企業本来の役割を忘れて狂奔してきたのは紛れもない

事実なのである。

二度と再び、このような愚かなる過ちを繰り返さないためにも、この教訓を私達自身が自らのこととして、企業の

行く末や、ひいては日本政府の行動や政治家達の行動を、厳しく監視して行かなくてはならないと思うのである。

                                            2000年8月3日掲載

九州沖縄サミット終わる

英国のマスコミにも取り上げられたように、814億円もの大金をつぎ込んだ九州沖縄サミットは終了した。

故小渕総理大臣の肝いりで設定された首都圏以外でのサミットであった。小渕さんの心にあったものが何で

あったのか知る由もないが、今回のサミットは沖縄にいったい何をもたらしたのであろうか。

とにかく九州沖縄サミットは真夏の沖縄を最後に終了した。夏真っ盛りの日本列島。クリントン大統領の額にも汗が

にじんでいた。沖縄の人たちは各地で盛大な歓迎の行事を催して各国の首脳をもてなした。

一見平和に見えるこの島が、かつて太平洋戦争最後の激戦地となり、現地沖縄の人をはじめ、日本軍人、アメリカ

将兵など多くの犠牲者を出した大激戦地であったとは誰が想像できるだろうか。

昨年、本当に久々に私も沖縄を旅行した。初めて沖縄の地に降り立ったのは30数年前、沖縄がアメリカ軍の占領地で

あった頃の事である。当時沖縄はドルしか通用しない正にアメリカの領土であった。那覇市内にはけばけばしい

ネオンサインが輝き、路地裏に入るとアメリカ兵達の騒々しい声が夜遅くまで続いていた。

基地周辺には常に監視の目が光っており、バスの窓から基地の方にカメラを向けると、どこからかカービン銃を持った

アメリカ憲兵がジープで近づいてきて、大声でカメラを牽制していた。正に基地の島そのものの姿がそこにあった。

昨年の観光の時には、そんな景色も一新していた。返還後の歳月を感じる景色だった。しかし、観光で那覇市内を

出て国道53号線を北上し始めると、道路の両サイドは軍事基地である。基地は道路より一段と高くなっており、

道路からはほとんど中を見ることは出来ない。時折軍用機の垂直尾翼の一端が見える程度である。小さな島の

一番良いところは全てアメリカ軍が占領しているのだ。未だ戦後の終わっていない基地の町なのである。

沖縄の人たちは実に明るくて友好的な人が多い。昨年も偶然飛び込んだ観光案内所にいた女性に那覇市内の飲み屋に

案内され、大変な歓待を受けた。案内をしてくれた女性もカウンターに並んで飲み、同席した男性達も勤め帰りの

おなじみさん達だった。沖縄の礼儀では初めての人でも、会った時から友達だと言って、実に気さくに話しかけてくれる。

離れた席からでも名刺をもって挨拶に来てくれる。こんなところがどこにあるだろうか。店の主人夫婦も本土の人の

口に合うようなものをと気遣って、あれこれと見繕って作ってくれる。本当に心温まる沖縄の夜だった事を今も懐かしく思い出す。

今回のサミットでの各地の歓待行事を見ていても、作り物ではない本物の沖縄の人たちの歓待ぶりを感じるのである。

アメリカのクリントン大統領は、この沖縄に接して何を感じたであろうか。クリントン政権の寿命も後わずかしかない。

基地問題は先送りされた感じだが、アメリカの考えと、日本政府が要求していることの間には埋めることの出来ない

大きな溝が横たわっているような気がしてならない。日本政府はまやかしではなく、本気で基地問題に取り組まなければ

ならない。元沖縄県知事の太田さんが、今回の儀式的なサミットを見て語気荒く言っていた。「まやかしや上辺だけの

取り組みではだめだ」と、この言葉には基地問題解決の難しさがにじんでいた。

アメリカと安保条約を解消するくらいの意気込みで交渉しなければ、この問題は解決しない事を強く感じるのである。

こんな心温まる沖縄の人たちの熱い期待を裏切ってはならない。

中東問題で頭がいっぱいだったクリントン大統領や、形だけで終わったサミットにいったい何が期待出来るというのであろうか。

                                             2000年8月3日掲載

国民の審判下る

前回の最低だった投票率をわずかに3パーセント上回るだけの低調な投票率であった。自民党が233議席という

公明、保守を合わせて絶対安定多数の271議席を確保すると言う結果であった。

しかも、共産党を誹謗中傷するような大量のビラをまいたという話だが、何とも先進国と言うにはお寒い話である。

国民は選択の余地のない小選挙区制にとまどっていた。この人に一票を投じようと言う人がいないのである。

勢い本命でもない人に投票をしてしまうと言う結果になってしまった。だから投票所に行かないと言うのも理由には

ならない。岡山県は圧倒的に自民党候補者の強いところである。特に私の住んでいる倉敷は岡山4区で先の

総理大臣橋本龍太郎氏の地盤である。他に民主党と共産党の候補者が立候補していたが、全く歯が立たない。

そんな選挙区が全国至る所にあったのではないだろうか。民主党は善戦したとは言いながら、おおよそ政権党には

ほど遠い状態である。ワシントンポスト紙はあいも変わらぬ日本人の選挙意識に醒めた表現で触れていたと言うが、

他国の目から見れば実に不思議な国だと受け止められているようだ。山は動かなかった。

わずかに救いは土井さん率いる社民党が善戦をした事である。この党も社民党などとわかりにくい党名を変更して、

元の社会党に戻す方が良いのではないだろうか。そして、良識ある革新党として女性党員を増やしていけば、

党の再生はそう難しい話ではない。

組織や仕事と言った、世のしがらみにとらわれない女性の方が遙かに行動的であるし、結束力は固いような気がするのであるが。

                                               2000年6月26日掲載

解散総選挙

議員達にとっては異常な興奮らしい。女性議員の中には興奮のあまり泣き出す人もいると言うから、その場の

雰囲気というものには、我々には伺い知ることの出来ない一種独特のものがあるのだろう。

それはともかく、今回の総選挙は日本の将来を決める大事な選挙であることには間違いない。

森総理の神の国発言を引きずったまま選挙戦に突入することになる。自民党の野中幹事長はさかんに前総理の

小渕さんがこころざし半ばで倒れたことを強調し、国民の同情を引こうとしている。考えが古い。他の自民党議員も

森発言を封じ込めようと躍起になっている。実に滑稽だ。あの小泉さんまでもが野党を牽制するあまり、森発言を

擁護する立場に立っている。日頃いくら良いことを言っても、一皮むけば同じ穴の狢(むじな)と言えなくもない。

正に墓穴を掘るようなものではないか。ここは大人になって是は是、非は非と認めるべきだろう。

盛んに経済政策を協調するが、実体はどうだろう。一向に上向く気配のない日本経済。特に製造業の実体は

非常に暗い。莫大な国家予算を湯水のように注ぎ込んで、なお今日の状態である。胸を張って経済復興を

誇れるのだろうか。この気の遠くなるような国の大借金を将来に残すことになる。自分たちはいずれ死んでいくの

だからかまわないだろうが、子供達はこのつけを払ってゆかなければならないのだ。その筋道はついているのだろうか。

自民党は共産党の躍進に非常な危機感を抱いている。それは森発言に如実に表れている。政治家は政策で争うべきだ。

他党の誹謗中傷はしてはいけない。共産党が連立を組んで政治の表舞台に出てくることはあっても、政権を握ること

はありはしない。ましてや戦前のように、ソ連共産党のコミンテルンを中心とした政治体制など存在しないのだから、

ありうべきもないことを持ち出して事を論ずるなど、時代錯誤も甚だしいと言わざるを得ない。もちろん、今日の

日本共産党にも、なお多くの問題点があることは、私自身も別のページでも書いているとおりだが、それはそれ、

全く別の次元の話である。森さんという人の頭の中には、戦前の忌まわしい時代のイメージしか存在しないようである。

あるいは、古い体質を持つ多くの自民党議員にも共通の意識なのかも知れない。

もしそうだとすると、これこそ時代錯誤も甚だしいゆゆしき事だと言わざるを得ない。

今日のどの政党にも魅力を感じる政党はないが、せめて現政治体制を変えないことには、このどうしようもない

硬直化した状態を克服できるとは思えない。はっきり言って3党連立の自民党政治には限界が来ていると断言しても

構わないような気がしている。                         2000年6月6日掲載

街路樹が泣いている

街の中や道路の中央分離帯や歩道のほとりにあって、私達の目を楽しませてくれる街路樹ですが、意外に過酷な

条件の中で生きています。

まず第一は排気ガスの問題です。容赦なく吹き付けられる排気ガスの中で、真っ黒になりながらも、健気に生き続けています。

第二は植えられている土地の問題です。中央分離帯にせよ、歩道脇にせよ、限られた面積の中に植えられています。

設計上は問題ないのでしょうが、雨の少ない季節はかなり厳しい状況にあります。

第一の問題も第二の問題も、これが人間であったならば、とっくの昔に悲鳴を上げていた事でしょう。

街路樹は文句も言わずに、ひたすら立ち続けています。

出来ればもっと土の部分を大きくして、雨水が十分浸透し易い環境を作ってやりたいものです。

排気ガスは人間にも良くはありません。ディーゼル車などの規制をして、空気を汚さないようにしたいものです。

そしてもう一つ、樹木を管理する側の問題。乾燥に弱い樹木は植えないこと。特に平戸ツツジは乾燥に弱いにも

関わらず、枯れても枯れても繰り返し植えているようです。

そして、植える時期を間違っています。落葉樹は冬、常緑樹は新芽が出始める前に植えることです。

落葉樹を夏場に植えて、枯らしてしまうような馬鹿なことをしています。夏に植えた木は結局全部枯れてしまった。

全くの税金の無駄使いです。                          2000年6月6日掲載

荒れる少年少女たち

見ず知らずの家に入り込んで人を殺してみたかっただとか、バスジャックで刃物を振り回し人を傷つけたり、

殺したり、そんなことを平気で行うような子供が増えている。まるでゲームまがいに、現実と空想とが一緒になって

いるような言動を繰り返している。

名古屋で起きた5000万円の恐喝事件についても、今更のように、声高に何とかしなければと言う評論家や

政治家の声を聞くが、何も昨日今日始まった事ではない。すでに何年も前からその兆候は現れていたように思う。

バブル期には大人達はみんな金や物に走り、人間という基本とも言うべき大切なものを忘れてしまっていた。

足下にある大事な家庭や地域と言った事を忘れ去り、ひたすら金儲けに走っていた。

そのつけが今になって回ってきたとは言えないだろうか。

私が子育ての頃、丁度バブル期に入りかけた頃のことだが、地域には子供会という組織があった。

子供会は健全な子供の育成を願って作られた組織で、子供達は小学校に入学すると同時に、地域のこの組織にも

入って、男の子はソフトボール、女の子はフットベースボール、親たちは、その応援やら自らも地域のソフトボールの

試合や審判員の講習会にと参加していた。

夏にはキャンプ、秋にはお祭りと、とにかく一年中、子供会の行事を中心に行動していたような時代だった。

正直言って、面倒くさいなあと思うような事もあった。しかし、今になって思い返してみると、こんなつき合いが

あったからこそ、地域の人とも知り合いになれたし、地域の一員として、とけ込むことも出来たのだと思う。

そうでなければ、みんなサラリーマン、誰がどこに勤めていて、どんな仕事をしているのかすら分からなかった。

近所づきあいも、形だけのものであったはずだ。

私達が子供の頃は、親たちも近くの工場で働いたり、農業であったりと、仕事の場と生活の場が隣接していた。

勢い近所つき合いも今よりは濃厚なものであった。向こう三軒両隣、今日は何を食べているか、夫婦喧嘩でさえも

筒抜けの状態であった。子供もある意味では、共同体の中の子供であり、みんなの目が子供達に注がれていた。

自分の子も他人の子も、さほど分け隔てはなかった。こんな地域のぬくぬくとした環境の中で大きくなってきた。

そんな環境が今の子供達の周りにあるだろうか。今や田舎と言われるような地域にさえ、失われてしまっているように思う。

もっと地域にコミュニティを取り返さなければ、子供達の住む環境は、ますます無味乾燥なものになってしまうのでは

ないだろうか。私達が子育てをした頃のような、子供会の再開も又必要な事の一つではないだろうか。

                                                2000年6月6日掲載

恐竜は温血動物?

新聞の一面に、恐竜は温血動物だったのではないだろうかという記事が載っていた。

随分以前から、一部の学者の間では、恐竜温血動物説なるものが論じられていた。

鳥は、これら温血性の恐竜から進化したのではないかとも言われていた。体の構造上に共通点が多いのだそうだ。

化石の発掘が盛んになり、恐竜達の営巣地も発掘されている。その中で、注目されているのがマイアサウルスと言う

恐竜である。この種は集団で移動したり、子育てをしていたらしい。彼らは渡り鳥のように季節毎に餌を求めて

移動し、外敵から身を守るため集団で子育てをしていた。想像の域を出ない説ではあるが非常に面白い。

そんな行動形態や化石からの温血性が立証されてくると、今に生きている鳥達との距離はうんと小さくなってくる。

恐竜達はある時期を境に、急速に姿を消している。何故だろう。隕石が降ってきて、地球の気候が激変したのではないか

という説などもあって、これ又、想像すればするほど興味は尽きない。

しかし、現在地球上に生き残っているは虫類と恐竜は似ているようで、異なった姿形をしている。

ところが鳥達を観察していると、羽根を恐竜の皮膚に置き換えただけで、多くの肉食恐竜に非常に似通っていることに気付く。

鳥達の多くも又、渡り鳥であり、集団で巣を作るものが少なくない。恐竜達は絶滅することなく、姿形を変え

今日まで連綿として生きながらえ、今日も又、同じ様な行動をとっているのではないだろうかかと考えると、恐竜達の

姿が間近に見えてくるようで楽しい。                      2000年5月7日掲載

5000万円恐喝事件

こともあろうに中学生が5000万円もの大金を同級生から恐喝し、タクシーを乗り回して豪遊したという。

被害者親子は再三にわたって、学校や警察署にも相談していたというが、警察は取り合ってくれず、被害者親子は

すがるような思いで、他の警察に駆け込んだ。そこでやっと事件として取り上げて貰い、ことの真相が明らかに

なったというのだが。

もう一つは、無職の少年が高一の女子生徒を妊娠させ、生まれた子供を山林に捨てて死なせた事件。

犯罪の低年齢化がますます加速度化している。いったい何が原因なのだろうか。大人でさえも先を見失いがちな

現代社会にあって、子供達も又将来を見失いかけている。刹那的に生きることでしか、自分自身の欲求を満たす

ことが出来ないとしたら、あまりにも哀れではないか。

二つの事件とも、何とか出来ることであるし、何とかしなければならないことである。

私たち大人は、周りの子供達にもっと関心を向け、心配りをしなければならないのではないだろうか。

私たちは、周りの子供達に人の命の大切さ、人の幸せの大切さを教えなければならないのではないだろうか。

                                              2000年4月25日追記

末期的症状の国会

野党は国会をボイコットして審議拒否。与党は茶番劇のような国会。国民不在のこの有様を議員達はどう考えているのだろうか。

元はといえば与党の数にものを言わせた強引なやり口にある。自自公なるものの節操も体面も何もなく、ただ獲物に

群がる狼のように互いに牙をむきお互いを牽制しながら、それでも餌にありつこうとして権力にしがみついている。

小渕さんは自分の政権延命のためには数が頼りで、何とか自公を離すまいと持ち前の小渕スタイルでブチ電話を

かけまくってきた。

見るべき中身は何にもない。最早国会が国会としての機能をなくしている以上、早期解散以外に道はない。

この文面を書いているとき、小渕さんが病に倒れました。そして森内閣、自由党の分裂、まさに時々刻々です。

乱高下する為替相場

昨日まで円高と思っていたら、今日は円安と為替市場は猫の目以上に変化が激しい。そのたびに輸出産業は

一喜一憂している。企業は激しいリストラを敢行し、この危機を乗り切ろうとしている。それでも円が百円を割ったら

追いつかないだろう。企業努力も最早、底が見えている。変動相場制はいったい誰のものなのか。

ここら辺で、もう一回よく考えてみた方が良い。世界経済といったって、うたかたの夢のようなもので、アメリカの

経済も幻想の上に成り立っているようなものだ。砂上の楼閣のようにいつ崩れるか分かったものではない。

そうなった時、アメリカは自国の経済を守るためドル防衛にかかるだろう。ドル相場を固定してしまうかも知れない。

所詮、経済は人間が作ったものだ。どこかに脆いところを持っている。日本は早く自国の経済に大きな防波堤を

築くべきではなかろうか。

先生の受難時代

先生を辞めたいと思っている人、心身症に苦しんでいる人。今、先生達の受難の時代が続いている。先生という

権威が失墜し、先生と言うだけでは生徒は言うことを聞かなくなっている。生徒達は自分は自分の道を行くと言わん

ばかりに勝手なことをしている。

最早、集団行動のとれない生徒達は学校という単位では維持できなくなっている。一学級40人、勝手な行動ばかり

とる生徒達の面倒をみろという方が無理な話だ。この事態をどう考えたらよいのだろうか。学校ばかりに解決策を

求めるのではなく、みんなで真剣に考えてみたい。学力も一頃に較べると随分低下しているようだ。まあ学力は

ともかく、人間として欠陥のあるような者は作りたくない。まっとうな人間を育てるための教育の在り方を考えてみたい。

政府自民党は教育基本法を見直して対処したいと考えているようだが、そんなもので解決するとは思えない。

江戸時代のように情報が隔絶された時代ならいざ知らず、今日のように情報化の進んだ世の中では、子供達も

子供達なりの鋭い目で世の中のことを見ている。法を作る国会議員や政治家達、世の親たちがもっと姿勢を

正さなければ、子供達の手本となるような生き方の指導はできない。

手本となるべき人たちが、自らの姿勢を正さずして、何の教育基本法と言えようか。

本末転倒も甚だしいと言わざるを得ない。

噴煙を上げる有珠山

北海道の有珠山が噴火しました。まだ、水蒸気爆発の段階だそうです。マグマが地表近くにまで上昇している

証拠だとか。今後いつ大噴火につながるか分からないとの事です。

さぞかし地元の人たちにとっては不安な毎日だと思います。心からお見舞いを申し上げます。

天災はいつ襲ってくるか予測がつきません。阪神淡路大震災の時なども、あの地域であのように巨大な地震が

発生するなどとは誰も考えていなかったと思います。

雲仙普賢岳の記憶が、みんなの中から失われようとしています。しかし、地球の気の遠くなるような歴史から考えると、

普賢岳から有珠山の噴火までは一瞬にもみたないような短い時間です。

正に、地球は生きています。地球の中では依然、活発に活動を続けているのです。

私達日本人は弓なりになった細長い島国に住んでいます。この島国の地下には、様々な方向からアジア大陸に向けて

プレートが潜り込んでいく入り口にあります。私達は、いわばプレートが潜り込む際に出来た大きなしわの上で生活

していると言っても過言ではないでしょう。

実に危ういところに住んでいます。従って、どこでどんな地殻変動が起きても不思議ではないのです。

今後とも十分気をつけていかなければならないと思います。

有珠山地域住民の方には心からお見舞い申し上げます。一日も早く噴火が収まり、全員が安心して家に帰ることが

出来るように心から念じています。

保険金詐欺疑惑

お金というものは、どこまで人間を醜くするのでしょうか。

和歌山県での保険金詐欺事件、埼玉県の保険金詐欺疑惑。中学生達の5000万円恐喝事件。

いずれも裁判中であったり、取調中なのでいい加減な事は書けませんが、これらの事件にのみならず、お金に絡む

事件は実にたくさんあります。しかし、どの事件を見ても今日の日の食べ物に事欠くようなことではなく、欲望を満たすために、

欲の上に欲を重ねたような事件ばかりです。

いったい何故そんな事をしてまでと、私にはその理由が理解できません。人間の心の中に魔性が棲んでいて、

人間をして、そうさせているように思えてなりません。

いずれの事件の場合も、今後の公判や取り調べの中で、明らかになって行くでしょうが、昔からお金にまつわる事件

は人間社会から切り離せません。

金を握ると更に金がほしくなると言うのが人情らしく、お金のために人生を台無しにしてしまったような人が多いのも

人間の愚かさゆえでしょうか。

確かになくては困るものでもあり、ある方がいいことには違いありませんが、人を殺したり、傷つけたり、人を不幸に

したりしてまで手に入れなければならないものではないと思うのです。

いくら持っているからと言ってあの世までは持ってはいけません。

お金よりはもっと大切なものがあると言うことに早く気が付いて貰いたいと思っています。

小渕さん倒れる

小渕さんが病に倒れました。この人が首相になった時、意外に長期政権になるのではないかという漠然とした

予測を持っていました。しかし、脳梗塞で倒れてしまうという思いがけない幕引きとなってしまいました。

本当に人生というものは何が起きるか分かりません。

小渕さんの長期政権を築くためには、なりふり構わぬやり方に、この人らしいふてぶてしさを感じていました。

しかし、外見とは異なり政権維持のためには相当腐心していたように思われます。

病に倒れたのは三党の維持存続が難しくなった時でした。明らかに心労が重なってのことだと思います。

さて、小渕さんが政権についてからの軌跡をたどってみますと、決して気の毒だとかかわいそうだとか言って

おられないような事を次々にやってきました。日米防衛協力のためのガイドライン、国旗、国家法の制定、捜査機関

に電話などの傍聴を認める通信傍受(盗聴)法、憲法調査会の発足等々です。

正に押し進めてきた政策は、今まで誰もがやり得なかったような右よりの路線でした。あの人の人なつっこさとは

裏腹の強権とも思えるような政治でした。野党不在と言われる中、三党連合による有無をも言わせぬやり方で次々と

新しい法案を成立させてきたのです。

経済建て直しと称して莫大な国の負債を作り、将来に大きな禍根を残していきました。

今回首相となった森さんも後ろからそれを支えた人です。決して目を離すことも手放しで喜ぶことも出来ません。

その後、小渕さんは亡くなりました。森さんは「神の国」発言で苦境に立たされています。正に時々刻々と

状況は大きく変化しています。

虎はあわれ

貴重種と言われ絶滅寸前と言われているベンガル虎が人間の手によって処刑された。罪は殺人罪だ。

亡くなった人には大変気の毒だった。亡くなった人が虎の飼育にどれぐらいの知識がありどんな対応であったのか

現場に居合わせたものが誰もいないから今となっては知る由もない。

虎はきっと孤独であったに違いない。そして小さな檻の中で窮屈であったに違いない。こんなことならいっそ死んだ方

がましだと思っていたに違いない。そうして虎はある日突然慣れ親しんだ飼育係を襲って自らも殺されるようなことになってしまった。

女性誘拐監禁事件

子供の頃、野原で つかまえたキリギリスを虫かごの中に入れて飼っていた。たいていは夏の終わり頃、死んでいた。

女の子(拉致監禁された当時)は限られた空間の中に、ひと夏どころか何年間も閉じこめられていた。

男が家で暴れたことから、この事件は発覚したのだが、それさえなければ、それ以上続いていたかも知れないのだ。

昆虫ならいざ知らず、生身の人間を外の世界から遮断したまま、狭い部屋に閉じこめて、飼育同様に扱っていた

と言うのだから驚かざるを得ない。

容疑者の母親は知らなかったと言っている。本当にそうだろうか。人間の気配のようなものは、どんなに隠そうと

思っても、隠しおおせるものではない。真実は当事者でなければ分からないことではあるが。

ともあれ再び同じような事件が起こらないように願うとともに、長くとらわれの身であった女性の方の一日も早い社会

復帰を願うものである。

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