自分の心に優しいことを

 相変わらず殺伐とした事件が後を絶たない。また、心の病で悩んでいる人も多い。私は今回

の旅で色んな国を訪問したが、それらの国は日本に比較すると非常に貧しい国が多かった。

富める者はいてもほんの一握りの人達だった。

 貧しさは犯罪やエイズと言った深刻な問題を引き起こしてはいるが、総じて人々の表情は

明るく、貧困をあまり苦にしているようには見えなかった。それどころか終戦後の一時期、日本

でも見られたような妙に明るく活気に満ちた人々の姿があった。

 親の生活は端的に子供達の表情に表れてくる。くったくなく笑顔を向け手を振って私達を迎え

てくれた子供達に貧困の暗さを感じなかった。それどころか、きらきらと光り澄んだ目は何を

物語っているのだろうか。汲々として勉強に追われ、あるいはゲームに熱中している日本の

子供達には、決して見ることの出来ない目であった。豊かさとは何なのか。改めて考えさせら

れる今回の旅行であった。

 人間については性悪説と性善説とがある。人は本来悪人なのだろうか、あるいは善人なの

だろうか。心なくも嘘をついたり相手を傷つけたりすると、自分自身も心の中に深い傷を負って

しまう。反対に良いことをすると、つい嬉しくなっていつまでも心がうきうきしている。そんな経験

はないだろうか。

 自分に正直に生きることも大切な事の一つだ。見栄をはって必要以上に大きく見せようと

すると、いつも緊張していなくてはならない。緊張はいつまでも続くものではない。そのうちに

緊張の糸が切れてしまい、思わぬ失敗をしたり心の悩みとして自分自身の負担になっていく。

もっとあるがままに生きていくことは出来ないのだろうか。

 こんなゆがんだ生活や心が多くの犯罪を引き起こしていると言っても過言ではないだろう。

あの戦争直後の貧しかった時代に学校での殺人事件など考えられたであろうか。決して学校

で事件など起こるはずもなかったのである。学校が危険を避けるために門を閉ざしてしまう。

そんな馬鹿げたことがあって良いのだろうか。

 心を病んだ人が増え続けている。それは決して他人事ではない。いつでも自分が事の当事

者になりうる状況が隣り合わせにあることを認識しておきたい。私達は今、かつて経験したこと

のない地球規模の温暖化の時代に生きている。これからは間違いなく自然の驚異にさらされ

る事を覚悟しなくてはならない。それならば、いっそのこと戦後の貧しい時代に立ち返ってでも

心豊かに暮らすことの方が良いのではないだろうか。あれもこれもと贅沢な事が言えるほど

生やさしい時代ではない。貧しくとも最低限の食事と着るものさえあれば生きていくことは出来

る。人間の体の中には着るものや食べるものがなくても生きていけるような原始的な機能が

まだ十分に残っている。

 そして他人に親切に自分に正直に生きて行けたら、どんなにか幸せではないだろうか。声さ

え出せば歌は歌えるし、手足を動かせば踊りも出来る。ものや金に依存しなくても生きていく

ことは出来るのだ。ついこの前までみんなこうして楽しみを作りながら生きてきた。

                                 2005年2月25日掲載       

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