いつか来た道

 専制君主に近いほどの絶大な権力を握っていたローマ皇帝でさえ、どうする事も出来ないこと

があった。それは肥大化する大衆の欲望を押さえることが出来なかった事である。

 紀元前後を通じて広大な領土を有するようになったローマ帝国は、国境線の警備には膨大な

国家予算を費やしていた。時の皇帝ハドリアヌスは各地の前線基地を見て回り、最早これ以上

の領土拡大は意味がないと考えていた。これ以上領土を広げても、そこから入ってくるお金より

国境警備に要する費用の方が多くなる事が分かっていたからだ。

 しかし、元老院をはじめ一般大衆の多くは領土が広がることを国家の繁栄と考えていたので

皇帝の考えには反対だった。それどころか、自分たちの意に添わない皇帝を排斥しようとすら

考えていた。そんな元老院や大衆に失望した皇帝は、彼らに逆らうことを止めて自分の殻へ閉

じこもるようになってしまった。すでに、この頃からローマ帝国の滅亡は始まっていた。

 今の世界に於ける先進国と言われているアメリカや日本は、この頃のローマ帝国の姿に良く

似てはいないだろうか。一国の大統領や首相でさえ抑制が効かないほど経済は肥大化し、なお

も拡大を続けている。大企業は国家という枠を越えて経済活動の版図を広げている。そればか

りか、国家さえ自分の意のままにしようとしている。金は金を生み、そしてその金によって自らも

滅ぼしかねない危険性を孕みながら、なおも肥大化し続けている。これを化け物と言わずして

何と言えば良いのだろうか。

 恐らく、規模の大小や時代の前後は別にして、多くの文明が滅んだ背景にはローマ帝国と似

たような事があったに違いない。それは旧約聖書に書かれている欲望渦巻く「ソドムとゴモラ」

そのものの姿ではないのだろうか。

 企業や国家の欲望はローマ市民達の欲望と同じように国民一人一人の欲望に他ならない。

国民一人一人がその愚かさに気付かなければ切りがないことである。

 仏教では、人間には多くの欲があると説いている。この欲は人間の生きる支えでもあるが、

一方では人間社会を崩壊させる両刃の剣のようなものである。欲を追い求めれば切りがない。

その愚かさに気が付かなければローマ帝国と同じようにいつかは滅び去るときが来るに違い

ない。過去に多くの教訓がありながら、人間は何故愚かな事を繰り返すのであろうか。

                                   2005年4月20日掲載

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