石川さゆりコンサート

 思い起こせば家内のお父さん(義父)の葬式があった晩、無心にマイク替わりの紙の筒を持って長女が歌っていた

歌が「津軽海峡冬景色」でした。その娘も昨年嫁いで一年が過ぎました。

 大ヒット曲となったこの歌を石川さゆりが歌った頃は、三人娘と言われた森昌子や桜田淳子、山口百恵の全盛時代

でした。石川さゆりは彼女たちと同年代でありながら陰に隠れて目立たない存在でした。当時、彼女が所属していた

プロダクションの社長は、何とかして彼女を売り出してやりたいという思いから企画したのが、この歌だったようです。

当時の彼女の年齢にしては多少背伸びをしたような内容の歌ですが、それにも関わらずヒットしたのには、彼女のこの

歌にかける並々ならない思いがあったに違いありません。大ヒットとなったこの歌は当時、やっと三歳になったばかりの

我が娘にも訴えかけるような何かがあったのかも知れません。

 お葬式が終わり段上げの席で祖父の死が何か分かるはずもなく、娘は無邪気にこの歌を歌ったのでした。愛する

夫を亡くした妻(家内の母)や最愛の兄を亡くした妹達(家内の叔母達)の寂しさを紛らわせる一助になったに違い

ありません。また、何よりも可愛い盛りの孫娘を残して旅立った義父もきっと喜んで見ていてくれたことでしょう。

みんなのリクエストに応えて何度でも何度でも得意げに歌っていた姿が今でも目の前に浮かんできます。

 昨年、久々に岡山で石川さゆりショーがあることを会社の同僚から聞きました。彼から舞台に近い良い席を取ろうと

思ったら、店で売り出されるより前に頼んでおいた方が良いというアドバイスを受けました。早速、岡山市内のHプロ

モーションに四人分のチケット代として現金を振り込みました。今回は家内の母と私の母を連れていこうと考えていた

のです。早くから申し込んでいましたので、三列目の真ん中の席が取れました。ショーを見るには特等席です。

 2002年の11月28日のことでした。周辺の多くの人は熱烈な石川さゆりファンのようでした。すでに開演前から

一種独特の雰囲気がありました。いよいよショーが幕開けすると大きな声援が飛びます。例の追っかけと言われる

人達が声を揃えて石川さゆりの名前を呼ぶのです。中には結構、年輩の人もいます。

 石川さゆりは年齢を重ねるたびに、歌に磨きがかかるような気がします。そして、舞台では常に爽やかな色気を

感じさせます。やはり女性歌手には女性らしい色気が必要です。特に演歌歌手と言われる人達には、それが必須

条件なのではないでしょうか。

 「隠しきれない移り香が・・・・」と歌い始める「天城越え」や、「蚊帳の内から外を見る・・・」と続く「風の盆恋歌」など

には、この人にしか歌えない独特の情炎の世界があります。そして、情炎の世界を歌いながらも、それがいやらしく

ないのは、やはりこの人の持つ清楚な美しさではないでしょうか。

 演歌は歌を歌いながら演じるお芝居だと思います。従って、歌の中に歌われた主人公になりきって歌うときに独特

の世界が醸し出されます。今回の舞台でも「酔って候」等、存分にその世界を再現し、見せて聴かせてくれました。

 あの「天城越え」の最後に見せる恍惚とした表情は何なのでしょうか。他の歌手にあそこまで演じてみせる人は

少ないように思います。連れて行った両方の親たちの詳しい感想は聞いていませんが、きっと今回の歌謡ショーに

満足してくれたものと思っています。

                                               2003年4月17日掲載         

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