外見のスマートさとは裏腹に、いつもこの人の発言には前時代的なところが感じられてならない。

先の自衛隊委員を前にしての第三国人発言は、その典型といえるだろう。過去一連の発言をふり返ってみると、

この人の脳裏には、先の敗戦による屈辱感が根強くあるのかも知れない。

この人流に言わせるならば、たまたま日本が負けたから、朝鮮半島の領有も中国大陸への侵略も悪者扱いされる

ようになったのではないか。当時世界の列強は、ことごとく同じ様な事をしていたではないか。

何で日本だけが批判されたり、卑屈になったりしなければならないのだと。確かに一面的にはその通りだと思う。

イギリスにしてもフランスにしてもスペインにしても、あるいは敗戦国のイタリアにしてもドイツにしても、みんな開発の

遅れた国を植民地化したり、自分の領土にしていた。

だからといって、それが許されるはずがない。戦後多くの国々が独立戦争を起こし、かつての植民地は独立国として

自立の道を歩いている。そのためには多くの血が流され、アフリカ大陸ではなお混乱の中で犠牲者が続出している。

第二次世界大戦当時、あるいはそれ以前から帝国と自称した国々の責任は重い。日本もその国の一つであった。

やってきたことは、みんな同じ様な罪深いことであった。いくら反省しても、し過ぎだと言うことはあるまい。

さて、石原さんは何の理由があって、そういった発言を繰り返しているのだろうか。

国家の威信というものは、君が代とか日の丸の掲揚ではない。もっと国民の琴線に触れるようなものでなければならない。

そして、世界の国々から尊敬の目で見られるようなものでなければならないと、私は思っている。

明治維新当時、日本が世界に目を向け始めた頃、ヨーロッパの人たちには、開発の遅れた国のように見えていたらしい。

しかし、日本人と深く交わるに連れて、実に礼儀正しく、しかも少しも卑屈にならず堂々とした態度に驚いて、

尊敬の念を抱くようになったという。誠に日本の武士らしい威厳に満ちた姿であったようだ。

人間の値打ちというものは、このようなものではないだろうか。石原さんに限らず、国会議員の中にも同じ様な

発言をして、アジア各国のひんしゅくをかった人がたくさんいる。アジアに金をばらまいて歩いている日本の旅行者や

海外の駐在員の中にも、こんな優越感を持って接している人はいないだろうか。日本人が外国人に接する時、

共通に持つ感情は、卑屈になるか優越感を抱くか、どちらかではないだろうか。もっと自然体に接していかなければ、

ますます諸外国と日本の間の距離は離れてしまう。

石原さんの発言通りに、治安活動に自衛隊の力を借りるようなことをして、関東大震災の時のような過ちを、二度と

再び繰り返してはならない。外人による犯罪の取り締まりは別の次元で論ずるべきだ。

                                            2000年5月7日

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