井戸の話

共同で使っていた井戸

 井戸と言えば上水道が普及するまでは飲料水の供給源として非常に大切なものであった。

私が住んでいる近所にも何ヶ所かの古井戸が残っている。しかし、どの井戸もあまり使われて

いないようだ。

 私が子供だった頃、住んでいた五軒長屋は共同の手押しポンプを使っていた。このポンプの

先には井戸があると知ったのは、ずっと後のことだった。と言うのも水源である井戸とポンプは

かなり離れていたからだ。井戸があったのは共同の水洗い場として使っていた場所の前にある

畑の中だった。井戸には蓋がしてあり、その上を畑の土が覆っていた。

 井戸が畑の中にあり土に埋まっていると言うことは考えてみれば非常に不衛生だった。手押し

ポンプは家主さんの持ち物である五軒長屋の一角にあり、井戸は近所のAさんの畑にあった

のだ。後になって聞いた話では家主さんとAさんは、あまり仲が良くなかったようだ。むろん私達

店子には一切関係のないことだったが。

 井戸水は不衛生だっただけではなく、かなり金気(鉄分)をたくさん含んでいた。口に含んでも

匂うくらいだったから相当な量だったのではないだろうか。当初はみんな金気臭さを嫌って濾過

装置を使っていた。濾過装置とは言っても簡単なものだった。シュロの皮や砂利や砂を入れた

もので、金気のような水に溶け込んだものには、ほとんど効果はなかった。使ってみたが効果

がないことと、しばしば中を掃除しなければならなかったので、いつしか使われなくなってしまった

 その後はポンプの吐き出し口に布の袋を付けてみたが、瞬く間に金気で赤黄色くなってしまう

ので、それもやめてしまった。私達は金気など関係なく、この生水をごくごく飲んでいた。特に

夏場など汗をかいた時は、よく冷えた井戸水は喉に心地よかった。

よみがえった井戸

 ここ児島に移り住んだとき裏の家に井戸があった。昔はもっと水位が高かったようだが、私が

のぞき込んだときには、水位は低く底の方に私の上半身が小さく映っていた。かなり水位は

下がっていたようだ。その昔、近所に田んぼが多かった頃、田植え時には手を伸ばせば届く

ぐらいの高さまで水位は上がっていたと家内の母が話していた。周辺の水位によって井戸の

水量は増えたり減ったりを繰り返していたようだ。

 この井戸も上水道が普及して以来、使われなくなってしまったようだ。私が井戸をのぞき込んだ

ときには井戸の底にうっすらと埃のようなものが積もっていた。このまま使わずに放っておくのは

もったいないと思い何とか使えるようにしたかった。古い電動の井戸ポンプは設置してあったが、

長い間使われていなかったので動かなくなっていた。

 使うためには水質が問題であった。それには古い水を汲み出して新しい水と入れ替える必要

があった。水中ポンプで汲み上げる方法も考えてみたが、小さな水中ポンプでは無理なような

感じがして、それは断念した。そして、元あったような井戸ポンプを設置することにした。また、

配管も切断されていたので何もかも初めからやり直すことにした。

 電動の井戸ポンプは水位が下がっていたので深井戸用のものにした。また、配管工事も自分

で行った。汲み上げた水は早速、保健所に頼んで検査をして貰った。ところが大腸菌などが、

たくさんいて飲料水にはならないことが分かった。

 仕方がないので畑や庭の散水用として一年間使った。それからもう一度、水質検査をして

貰った。今度はまったく問題のない水質になっていた。その後、倉敷市の方から当時問題に

なっていたトリクロロエチレン等と言った有機塩素化合物の検査を無料で行ってくれた。これも

まったく問題はなかった。こうして今では飲料水としても使える貴重な水として使っている。

 井戸水の温度は一年を通じてほとんど変わらない。従って、夏は冷たく冬は温かく感じる。

夏、井戸水の事を知らない人に使わせてみると、その冷たさに驚いてしまう。水質管理さえ

きちんと行い伝染病等の心配がなければ、こんなに良い水はないと思っている。

懸念される水問題

 地球は水の惑星だと言われている。しかし、大半は海水である。塩分を含んだ水は飲料水

にも農業用水にもならない。これから先、60億人を越えるという地球上の人口を考えると食料と

飲料水が完全に足りないと言われている。アフリカ大陸のサワラ砂漠より南の地域では慢性的

な水不足と食糧危機が続いている。異常気象で雨が降らないからだ。その他の地域でも砂漠化

が進んでいると言われている。今後はエネルギー問題だけでなく、水の枯渇が大きな問題になる

のではないだろうか。

 アメリカやニュージーランドなどでは大規模な潅水設備で農作物を作っている。これらの水は

過去の遺産とも言うべき地下水を使っている。しかし、地下水も無尽蔵にあるわけではなく、

いずれは枯渇すると言われている。私達日本人は私達が食べるものだけでなく家畜の飼料と

しても多くの農産物をこうした国々に依存している。

 このように地下水と言えども無尽蔵にあるわけではなく、ましてや清潔な水を作ろうとすれば

莫大な費用を要する。それはペットボトル一本の水の値段を考えてみれば良く分かる。300ミリ

リットルが120円である。それに引き替え高いと言われているガソリンの値段は1000ミリリットル

が130円から140円である。如何に水の値段が高いか良く分かる。

 水道水でも同じことだ。清涼飲料水として買い求める水の値段ほどではないが、かなり高い

値段で買っている。これには下水道代も加算されているから決して安くはないはずだ。一面安く

見えるかも知れないが、これには地方自治体が税金などで補充しているからであり全コストを

考えればもっと高くなるはずだ。水もまた貴重なエネルギーを使って作られているのである。

 今こそ真剣に水問題を考えてみなければならないのではないだろうか。そのためにも使われ

なくなった井戸のことをもう一度考えてみたい。幸いに、まだまだ使われないままで残されている

井戸は多いのではないだろうか。私の近所にも共同で使っていたという古い井戸が残されている。

井戸にはいつも溢れるほどの水が溜まっている。いつもこの井戸を見るたびに、この井戸に

水を汲みに来ていたという先人の苦労を思い、このまま放置しておくにはもったいないと思うので

ある。

                                   2007年3月7日掲載

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