日の丸法制化に思う

広島県立世羅高校の校長が自殺をしたことでにわかに法制化が叫ばれるようになってきました。

君が代とともに日の丸の法制化については古くて新しい問題です。

受け入れたくないという空気の強い学校現場に文部省の指導という形で一方的に押しつけたのが悲劇と

いえるのではないでしょうか。教職員は反対。文部省はやりなさい。間に挟まれた校長としては苦しんだあげくの

自殺といえます。

この種の問題は、この日の丸や君が代の問題に限らず、指導という形で押しつけて置いて、後はおまえら好きかってに

やれという文部省をはじめとする日本の各省庁に共通していえることではないでしょうか。

もっと監督省庁としては責任を持った行動をとってほしいと思います。

ともあれ、今後法制化に向けて何らかの日程が組まれていくものと思いますが、国民が納得できるもの、

心から喜んで歌えるものを法制化して貰いたいと思います。特に日の丸は第二次世界大戦時のイメージが

つきまといます。

今更、日の丸に変えて何か他のものをというわけにはいかないでしょうが、近隣の国々にも配慮を払った

法制化であってほしいと思います。

そして何よりも大切なのはシンボルの問題ではなく、心からこの国に生まれて良かったと思う心の問題ではないでしょうか。

それ抜きにいくら日の丸だ、君が代だといっても始まらないと思うのですが。

いよいよ審議が始まる日の丸問題

会期を延長してまで日の丸、君が代の法制化を図るようです。野党第一党である民主党の菅代表も個人的な

見解ながら国民が賛成ならば認めざるを得ないと言っていますから、殆ど国民的な論議のないまま法制化

されるのではないでしょうか。本当にこれで良いのだろうかと首をひねってしまいます。

多勢に無勢といいながら数にものをいわせた法制化で良いのでしょうか。いずれ落ち着くところは一緒だとしても

その過程が大切なことだと思うのですが。憲法を除きタブーであった問題がまた一つなくなったわけです。

戦後はますます遠いものになってしまいました。

法制化の決まった日の丸と君が代!!

アメリカを旅行して驚いたのは星条旗が至る所に掲げられていたことです。この国の人達は本当に国旗を愛し、

国を愛しているのだと感じさせられました。日本人にそんな感情があるでしょうか。若者を中心にインタビューして

見ると日の丸も君が代も抵抗感はないようです。日の丸は国旗として制定する前からオリンピックの時には

掲げられているし、君が代も流れている。大相撲の時に歌う唄くらいな感覚でとらえているようです。

ことさら、これが国旗です。君が代の「君」は象徴天皇を指しているのですと、戦前教育を骨の髄までたたき

込まれてきた保守党議員が声高に答弁すればするほど、何か裏にあるのではないかと疑ってみたくなります。

国家も、国旗も、国歌も、みんなが誇りを持て自慢できるものでなければならないと思うのです。

そのためには押しつけではなく、心から、この日本を愛することが出来るような国にしていくことが大切です。

国旗の掲揚を強要したり、君が代を押しつけたり、忌まわしい戦前の軍国主義を復活させるような事だけは

厳に戒めていきたいものです。

一人歩きを始めた日の丸と君が代

とかく法律というものはいったん制定してしまうと国会の場における審議とは関係なく動き始める。それは

それを用いる人間サイドに問題があるのだが、法律を錦の御旗とするものにとってはもっとも都合の良い

ように利用し始める。この法律を制定する上で一番怖かったのはこの点である。すでに教育の場においては

制定前とは違った形で問題が発生し始めている。おそれていたことが現実の問題となり始めたわけで、特に

懸念されるのは教育委員会をはじめとする管理監督部門の人達が上に対する点数稼ぎのために下に

向かって強制をすることである。自然に国旗を掲揚し君が代を歌おうというのであれば問題はない。

しかし法律が制定されたからといって強制をしてはいけない。強制してまでやりなさいとは法律のどこにも

書いていない。

                                              2000年2月26日追記

もくじ3 人作りへ戻る

ホームへ戻る