光り

 この地球は光溢れる天体です。この地球上に生きとし生けるもの全てが、この光の恩恵を受けています。朝、玄関から

差し込む太陽の光で前日掃除をしたばかりの廊下にも、うっすらと埃が溜まっているのが見えます。昨晩、寝る前には

全く見えなかった埃です。玄関は東にありますから、斜めに差し込む朝日が廊下をまともに照らすのです。すると影も

形もなかった埃が立体的に見え始めるのです。

 畑にいますと色んな生き物達に出逢います。先日もチョッキリゾウムシの被害状況を観察していましたところ、場所に

よって被害の大きさが異なるのです。花柄が残っているところは総じて被害が大きいようです。花柄が丁度、この虫と

同じ色なのです。しかも花柄が固まっているとチョッキリゾウムシと同化してしまい、遠目には虫か花柄か見分けが付き

ません。私の推測では花柄を巧みに利用しながら外敵(小鳥等)から身を守っているのではないかと思っています。

つまり保護色と擬態をうまく利用しているのではないかと思うのです。

 そんな目で観察してみると、畑では色んな保護色や擬態に出逢います。多くの害虫は大部分が保護色を利用してい

ます。「あまこ」と呼ばれているアブラムシは葉裏に付いて緑色(中には色の異なるものもいますが)をしています。

カマキリは益虫ですが、保護色と見ようによっては擬態とも思えるような格好をしています。

 昆虫には小さな目があります。彼らの目には私達の姿がどのように映っているのでしょうか。小鳥たちには餌になる

昆虫がどのように見えているのでしょうか。いずれにせよ、目がありこの世に光があるからこそ、ものの形や色が

見えるのです。地球上に住むもので、ほんの一部の生き物を除けば魚も昆虫も動物も蜘蛛やムカデのような原始的な

生き物も、みんな目を持っています。目が生き物たちにとって、とても大事な働きをしているに違いありません。

 しかし、いくら目があっても光がなければ、ものの形や色を見分けることは出来ません。生き物たちには形や色は

どのように見えているのでしょうか。大変興味があります。菜の花が好きなモンシロチョウには、黄色ではなく紫外線

の反射による白っぽさだけが強調されて見えているのだと聞いた事があります。

 従って、人間のように色んな色を見分けることが出来るのは、ほんの一部の動物だけだと聞いています。しかし、

ものの形を見ることも、色の見分け方が出来るのも、この地球上に光が溢れていたからこそ発達した機能です。

それが証拠に光の届かない洞穴の生き物は目が退化しています。光がないので目が必要ないのです。

 では、この地球の光は一体度のようにして作られているのでしょうか。太陽の光は強弱の差はあっても、全ての

惑星に降り注いでいます。それなのに何故この地球だけが、こんなに明るいのでしょうか。それには理由がありそう

です。地球は空気の層によって上空を覆われています。その空気の層が太陽の光を屈折させ空が青く見えるよう

です。そのため、他の惑星と異なり昼間はこんなに明るいのです。月や火星から送られてくる写真を見てみますと、

太陽の方向は非常に明るくても反対側は真っ暗です。反対側に光がないからです。このように地球上と他の惑星や

衛星とではまるで環境が異なるようです。

 地球上では同じ景色でも四季折々でまるで異なって見えます。夏の盛りには全体に白っぽく見えますが、冬になると

何となく薄暗く見えます。これは明らかに紫外線やその他の光の量の違いによるものだと思われます。

 初夏や秋の晴れた日には全てのものが美しく色鮮やかに見えます。これも紫外線や光の量によるものだと思われ

ます。同じ季節でも高い山や海辺でも異なります。このように、光は見えるものの色ばかりではなく景色まで変えて

しまいます。

 この地球が光り溢れる天体だからこそ、全てが美しく見えるのではないでしょうか。天国はもっと美しく光り溢れる

世界だと言います。これ以上に光り溢れる美しい世界とはいったいどんな世界なのでしょうか。想像するに余りあり

ます。

 ともあれ、光があり全てのものが極彩色に見えるこの地球こそ、天国と言えるのではないでしょうか。そして、極彩色

の世界を見ることが出来るのは、その機能を備えた生き物に進化した人間にのみ与えられ特権です。だからこそ、

この美しい地球をこれ以上汚したくないのです。

(霊長類と言われている他の動物にも同じように見えていると言われていますが)

                                                  2003年7月8日掲載

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