変化した季節感(俳句の世界)

 俳句の基本形は江戸時代に作られたと言われています。そして江戸時代には松尾芭蕉や小林一茶、与謝蕪村と

いった多くの俳人が活躍しました。そうした中から俳句に使われる季語というものも、次第に体裁を整えていったのでは

ないでしょうか。以来、今日まで数百年が過ぎました。明治初頭から数えても百年は優に過ぎています。そしてこの間、

私達を取り巻く環境は著しく変化しました。

 季語もその時代その時代を反映し、変化をしたり新たに加えられたものもあるようですが、基本的には江戸時代

や明治時代のものが多くを占めているようです。季語の意味については歳時記の中に詳しく書かれています。歳時記

を見ますとその季節、その季節を代表するものが書かれており、季語がどのような季節感を表しているのか良く

分かります。

 その中の動物や鳥や花といったものは、いつの時代にも共通のものですが、行事や道具、季節感といったものは

時代と伴に大きく変化してきました。田舎へ行けば残っているものや味わえるようなものも、都会にはなくなってしまった

ものが少なくありません。田舎においても少子化や過疎化といった事のために、行事が行われなくなったものもあり

ます。また、私達の年代には理解できることも、子供や孫達の世代には全く理解できないようなものも増えて来ま

した。その変化は江戸時代三百年間の変化より遙かに早く、時代を経る毎に加速しているように思われます。

 今、大きな俳句ブームだと言われています。「おーい、お茶」でおなじみの「伊藤園」は毎年たくさんの応募者の中

から優れた句を選んで、缶に印刷し紹介をしています。この中の句を見ていますと形にとらわれない自由な発想で

作られた句がたくさんあります。これも俳句の新しい流れなのではないでしょうか。

 俳句は誰が読んでも、いつの時代の人が読んでも分かりやすくて色褪せないものが良いのだそうです。そう言えば

松尾芭蕉は三百年以上も前の人ですが、彼の詠んだ句は時代を経てもなお色褪せることなく、今でも鮮やかにその

情景が思い浮かぶような句が少なくありません。

 俳句には生活句のように自分自身や自分の思いを詠んだ句もあるようですが、私が学んでいる句は出来るだけ

景色や情景を詠み、読んでくれる人に、その句の中の自分の思いや感じ方を汲み取って貰うといったことを重んじて

います。とは言いながら、なかなか、そう簡単に作れるものではありません。どちらかというと自分の思いの方が

先に立ち、第三者には理解しにくい回りくどい句になってしまいがちです。

 俳句は情景描写の詩だとも言われています。一点をみつめ、事の本質をズバリ表現できれば良いのだとも教えら

れていますが、なかなか出来ないことです。頭では分かっていてもいざ作るとなると、あれやこれやと迷ってしまい、

結局、何を表現したかったのか本質がぼけたような句になってしまいます。

 今回の季題も「野分」(のわけ)になっていますが、気象観測衛星「ひまわり」からの大きな渦巻きや、時間毎に

放送されるお天気図の方がイメージ的には先行し、本質がつかめず悩んでいます。江戸時代の裏長屋のように、

安普請のあばら屋に住んでいたり、予報や予告もなく突然、激しい風が吹き始めると言った経験がないからだと

思います。人間が自然と隣り合わせで生活していた時代には、柿の実が屋根に落ちる音さえ身近に感じていた

はずです。風の音も枕元をかすめるように身近に聞こえていたはずです。こんな体験が少なくなった現在、よほど

目を凝らして自然の移り変わりを見ていないと俳句の季節感から取り残されてしまいます。

 それでも、ふと見上げた青空に鱗雲が一面に出ていたり、真っ赤な夕焼け空を眺めることがあると、俳句の

世界が間近に存在することを再認識します。また、お寺や神社といった、日頃、接することの少ない場所に行き

ますと、自然に俳句の世界に入っていくことが出来ます。こうしてみますと、時代は変化したとは言え、まだまだ、

松尾芭蕉の世界はすぐ近くにも存在しているように思うのです。どうか貴方も時間に追いまくられることなく、

俳句の世界に我が身を置いてみるのも、また、楽しい事ではないでしょうか。

                                                  2002年9月8日掲載

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