2001年友歩会

亀島山に登る(3月4日)

 水島運動公園を出発し、100メートル道路の中央にある緩衝緑地帯を歩いて亀島山に

登りました。この日は天気の良い日でしたが、大変、風の強い日でした。早春の緩衝緑地帯

では、長旅を前にした渡り鳥達の集団でにぎわっていました。彼らは残り少なくなった木の実

等の餌をついばみに来ているのでしょうか。落葉樹の芽はまだ固く、桜の蕾も冬のままです。

白梅が満開で、良い香りを周辺に漂わせていました。春はこれからです。

  

今が見頃といったところの白梅

緩衝緑地帯の中の公園で参加者全員  2001年3月4日撮影

 ここのところ、ずっと風の吹いている日が多かったのですが、この日はことのほか風が強く

吹いていました。お天気もめまぐるしく変わっています。丁度、季節の変わり目なのです。

こんな風の強い日でも風が遮られるところに行くと、日だまりとなって、温かく春のやわらかい

日差しを感じます。

 亀島山の登山口から水島港を望むと、春の明るい日差しを反射して海が白く光っています。

風が強く空気のよどみがない分、コンビナートの景色は鮮明に見えていました。こうして高い

ところから眺めてみると、これはこれで見栄えのする景色であり、素晴らしい展望です。

亀島山山頂付近から遠く水島コンビナートを眺める  2001年3月4日撮影

 私達が山頂に着いたのは昼少し前でした。周辺の景色を楽しみながら記念写真を撮った後、

昼食にしました。山頂に向けて風が吹き上げてくる崖の側は、風がなく穏やかな日溜まりでした。

そこに腰を下ろして弁当を広げました。Sさん一家は今回、初参加でした。小学生の娘さん二人

の4人家族です。

    

左の写真は亀島山山頂付近から鶴新田一帯を写したものです。手前に広がるのはレンコン畑です。

右の写真は亀島山のすそ野にある全面に仏様が彫られた石塔です。  2001年3月4日撮影

 昼食後は雑談、とりとめもない話でひとしきり賑わいました。そして荷物をまとめて帰路に

つきました。帰り道は少しだけ遠回りをして又元来た道へ。こうして往復、2万歩弱の行程でした。

新鮮な早春の空気を胸一杯に吸っての楽しいハイキングでした。


お花見(4月8日)

 これも恒例となった春のお花見です。前日より幹事が分担して野菜などの準備をしました。

朝、買い出しに行くもの、早朝より場所を確保するもの、バーベキューの火おこしをするもの

等、それぞれ手分けをして準備にかかりました。焼き肉用の肉がなかなか届かないので

少しやきもきしましたが、昼前までには届いて、いよいよ本格的な花見の始まりです。

 花見の場所となった緩衝緑地帯は水島運動公園の出口から亀島山に向けて走っています。

緑地帯には様々な花木が植えられており、トイレなどの設備も完備しています。要所要所には

庭園を形作ったり、色んな彫刻やモニュメントが配されています。あまり知られてはいないよう

ですが、立派な公共施設といっても良いのではないでしょうか。

 この道路を車で走る人は多くても、この中を歩いた人は案外少ないのではないでしょうか。

この緑地帯が作られて10年以上になりますが、根付いた木々は見事な林を形成しています。

周辺を通る車の中からでは伺い知れない景色です。通行量が少ないせいか車の通る音も気に

なるほどのものではありません。

 さて、バーベキューも焼け周辺に香ばしい香りが漂い始めた頃、ビールもまわり宴会は佳境に

入ってきました。酒がまわるほどに話に花が咲き、賑わいは増してきます。こんなところでも

偶然に旧知の人にお目にかかることもあり、今回はずっと以前、日本合成に勤めていたという

女性の方に会いました。夫婦で近所の方と一緒に来ておられました。彼女は結婚退職し、子供

さん達も成長し、今は夫婦二人だけの生活だと言っていました。これからの友歩会の行事には、

お誘いすることを約束して別れました。

酔っぱらって撮影したために絵にならなかった写真   2001年4月8日撮影

 こうして昼過ぎまで、それこそ酒やビールがなくなるまで飲んで散会となりました。花見客の中

にはマナーの悪い人が多いようで、私達の目の前にも大きなゴミの山が出来ていました。地元の

老人会の人達がボランティアで掃除をして下さっているとの事でした。私達はご迷惑をおかけ

しないよう、ゴミは全て持ち帰えりました。いつまでもきれいな公園として、維持していきたいもの

だと思っています。


下津井電鉄の線路跡地を歩く(4月15日)

 かつて下津井電鉄は児島の味野を起点にして、一方は下津井港まで、もう一方は茶屋町まで

線路が布設されていました。茶屋町までの路線は早くから閉鎖され、線路跡地はそのままとなって

いました。それが整備され、今は遊歩道となっています。こんな道があるという事は知っていた

のですが歩いてみるのは初めての事でした。

 私達は福江を出発点にして、茶屋町に向けて歩き始めました。水島インターの下を抜けると

周辺は田圃や畑に変わります。道の両脇には、たんぽぽやスミレが咲いています。のどかな春の

風景です。スミレが集団で咲いている場所がありました。これほどたくさんの花が固まっていると

小さな花ながら見事なものです。

   

野に咲く可憐な草花、左はスミレ右はタンポポ  2001年4月15日

 少し行くと郷内川が流れています。流れのないよどんだ川です。しかし、水のある風景というのは

何となくすがすがしく感じるものです。近年著しく繁殖をした、からしなの黄色い花が一面に咲き乱れ

ています。道の両脇には色んな花木が植えられています。ゆきやなぎがあり、こでまりがあり、平戸

ツツジがあります。太陽の光りを真上から浴びているにも関わらず、暑さを感じないのは、爽やかな

風のせいかも知れません。

 遠くの山々では葉を広げ始めた雑木林が風にあおられて葉裏を白く見せています。途中、小さな

公園で休憩をしました。田圃のハゼには絶えてしまったかに思えていた、むらさきぜにごけの花が

咲いていました。私達が子供の頃見てきた田舎の植物とは随分植生も変わってきたように感じます。

   

私達の周辺から姿を消したかに見えていたムラサキサキゴケ

下津井電鉄の駅だった藤戸駅跡  2001年4月15日撮影

農薬や除草剤によるものかも知れません。在来種が絶えてしまい、その後を埋めるように、外国産

の帰化植物が繁茂しています。この道縁でも、たくさんの帰化植物を見つけました。

 倉敷川の少し手前に藤戸駅があります。今は小さなホームと駅の看板が立っているだけです。

ここで記念写真を撮りました。かつて、ここが駅であった事を感じさせるのは駅名を記した看板だけ

です。小さな駅の跡を後にすると倉敷川に出ます。よどんだ流れの川ですがたくさんの人が釣りを

しています。へらブナを釣っている人達でした。車のナンバーを見ると、関西や遠くは関東方面から

来た人もいるようです。釣れるかと聞いたらさっぱりあたりがないと言っていました。川面にはさざ波

が立つくらい風が吹いていました。釣りの条件としては良くないようです。「遠くから来られたので

すね。」と声をかけると、釣り人の一人が「あほやからのー。」と屈託なく笑っていた。おそらくは、

釣りの情報誌などを見てきた人達ではないでしょうか。釣りは、へらブナに始まりへらブナに終わる

と言われています。それくらい、へらブナ釣りは醍醐味があるらしいのです。

 私達は天城の低い丘陵地帯を抜けて長い桜並木の道にさしかかりました。ここの丘陵地帯には

民家が並び手入れの行き届いた庭には、色鮮やかなチューリップが咲いていました。

お年寄りの人が夏野菜を植える準備でしょうか、畑を耕しておられました。既に大きくなりかけた

タマネギや、一斉に花が開いた豌豆など良く手入れの行き届いた畑でした。草一本見当たらない

見事な畑でした。

ここから長い桜並木が続く   2001年4月15日撮影

 桜並木は天城を抜けた当たりからずっと茶屋町まで続いています。1キロ以上はあるでしょうか。

吉野桜は終わり、八重桜が開き始めていました。吉野桜の頃は花見客で賑わったと見えて、

バーベキュー用のコンロが桜の木の根元に置き忘れられていました。並木には、ぼんぼりが下がり

夜間でも花を楽しむ事が出来るようにされていました。

 私達は桜並木や道縁のたんぽぽなどを観賞しながら茶屋町に入りました。入り口には大きな

スーパーマーケットが出来ています。ちゃちゃと言う名前の店です。ここでビールを買って、駐車場

で花見としゃれ込みました。周辺でも二、三組の人達が花見をしていました。風は冷たいのですが、

日差しは強く、それでいて日陰にいるとひんやりするような天気でした。そんな訳で舗装された

駐車場の温もりを心地良く感じました。

 ゆっくりと昼食を取った後、この線路跡の終点である茶屋町駅まで歩いて駅前で写真を撮り

ました。ここは茶屋町の鬼で有名なところです。特に鬼の面には独特の味わいがあります。

駅前には鬼の面を着けた大人と子供の銅像が立っています。

茶屋町駅前の鬼装束の親子の銅像の前で   2001年4月15日撮影

 茶屋町駅を後にして、朝来た道を一気に引き返えしました。帰りは一ヶ所休憩しただけで、

ひたすら歩き続けました。往復で約14キロでのハイキングでした。春とは言いながら、一気に

夏に突入したような感じさえする気温でしたが、湿度は低く、吹く風がさわやかでした。正に薫風と

言うにふさわしい風でした。

                                             2001年5月3日掲載

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