春の夜のコンサート

六ッ森ケイ子CD「倉敷物語」完成披露パーティ

 六ッ森ケイ子さんは倉敷の人である。倉敷で生まれ倉敷で育った人だ。今は倉敷を拠点に

音楽活躍しておられる。私の家内の叔母がお琴を教えている関係上、ケイ子さんのご主人とは

以前からの顔見知りだった。ご主人は和楽器の店を経営されながら、ご自身も尺八の演奏など

幅広い音楽活動をしておられる。奥様のケイ子さんとの出会いについて聞いたことはないが、

同じ邦楽の場で活躍しておられることを考えると同じ道を歩むもの同士の出会いがあったので

はないだろうか。

 ところでケイ子さんとの出会いは二年前に遡る。私達は毎年秋になると倉敷児島文化祭を開

いている。期間中の催し物の一つにギャラリーコンサートがある。ギャラリーコンサートとは絵画

等の展示会場で音楽を聴いて貰おうという趣向である。

 固定したメンバーだけでなく、毎年あちらこちらに声をかけ出演依頼をしている。その一人が

六ッ森ケイ子さんだった。交渉に当たったのは事務局長のK君と事務局員のAさんと私の三人

だった。ケイ子さんの顔をいくらかでも知っていたのは私だったし、伝手(つて)があると言えば

私がご主人の方を知っていると言うことだけだった。従って、事前に私から電話でアポをとり三

人で自宅に伺った。

 ケイ子さんは地方で活躍されているとは言え、既にCDも出されているプロのお琴の演奏家

だった。従って、我々が考えている予算ではとても出演してもられるような人ではなかったのだ

が、我々の熱意(?)と趣旨を理解して貰い出演を受けて頂いた。噂に違わず素晴らしい演奏

だった。当日は最後の演奏で演奏時間が短く残念だった。ケイ子さんのお琴は和楽器であり

ながら現代音楽を取り入れたものであり、十分に聴衆の耳を引きつけるものであった。

 ケイ子さんが出演してくれた時、K君が漫画家の「いがらしゆみこ」さんの話をした。実は、その

年の児島文化祭で「いがらしゆみこ」さんから美術館の宣伝のために展示物を置かせて欲しい

という依頼があり、展示会場の一角に漫画などを展示していた。

 その「いがらし」さんは倉敷美観地区の一角に美術館を建て自分の作品を展示されていて、

そんな関係から倉敷をテーマにした「倉敷物語」という、おてんば娘を主人公にした漫画を書い

てみたいという構想を持っておられたようだ。もし漫画がヒットすれば映画製作にも繋がるかも

知れないという大きな夢を描いておられた。

 K君がそんな話をしたことがケイ子さんの頭の中に残っていて、それが「倉敷物語」を作曲す

る動機になったようだ。

 ピースボートでの旅行から帰って間のない頃、突然に完成披露パーティーの案内状が届いた。

それには冒頭にも書いたようにCD「倉敷物語」完成披露パーティーと書かれていた。

 パーティーは三月二十五日に倉敷アイビースクエアーで開かれた。私達児島三人衆(ケイ子

さんが私達の事をそう呼んでいる)は、喜んで出席させて貰った。その席でケイ子さんから児島

三人衆から「いがらし」さんの話を聞いていなければ、この曲は出来なかったという話があった。

実にうれしい事だった。

 ほんとうに人の縁とは不思議なものである。無理を承知でお願いした出演依頼が大輪の花を

咲かせるきっかけになったのである。むろん曲になるまでには色んな苦労や紆余曲折があった

に違いない。しかし、完成した背景には、ご夫婦が倉敷で活躍されている音楽家であり、何より

も倉敷っ子であると言うことが大きな力になっているのではないだろうか。

 倉敷は江戸時代、天領(徳川幕府の領地)であり自立心の強い町であった。その倉敷の気風

は倉敷生まれの倉敷育ちでなければ分からない。新曲「倉敷物語」の中にも大らかで自由闊達

な倉敷の気風が良く表れているような気がした。一度聞いたら忘れられないような素晴らしい曲

である。

 披露パーティーでは奥さんがお琴を演奏し、ご主人が尺八を吹かれ羨ましいような演奏風景

であった。また、作詞もケイ子さんがされたようで倉敷児童合唱団の児童や生徒が素晴らしい

歌声を聞かせてくれた。

 望むべくは、この素晴らしい歌が倉敷だけでなく全国に広まることを願っている。そして、いつ

の日か「いがらし」さんの漫画が実現し、この歌とセットで全国に紹介されるようになれば何と素

晴らしい事ではないだろうか。(下に六ッ森さんのサイトを紹介しておきます)

             ガイアハーモニー 六ッ森ケイ子サイト

中林淳真(なかばやしあつまさ)セレナーデコンサート

 中林淳真さんはギターの演奏家である。岡山県に拠点を置きながら世界中を駆けめぐって演

奏活動を続けておられる。ホームページを見せて頂くと、素晴らしい演奏経歴が書かれている。

 スペインにも知己が多いようでスペインに行かれ、スペインからもこちらに演奏家が来るという

ように親密な関係を持っておられるようだ。お名前は以前からも聞いていたし、何度もテレビ等

に出演されているのでお顔も知っていた。実に穏やかなお顔をされた老紳士だ。

 私達がギター演奏を聴いたのは三月二十七日(日曜日)だった。水島の小さな喫茶店に二十

席あまりの席が設けられていた。喫茶店に入ると中林さんは既にギター練習をしておられた。

 喫茶店は世界のギターリストの演奏会にしては小さすぎるような気もしたが、反面、中林さん

の気取らない姿勢も伺えて気持ちよかった。(ホームページを拝見するとセレナーデコンサート

と名付けられた、このような出張演奏を数多くしておられるようだ)

 本来はお琴の曲である「六段」や「千鳥」の曲などを冒頭から演奏されいささか驚いたが、自分

が作曲された曲やアンコール曲を含め十七曲あまりの曲を聴かせて貰った。ギターだけの演奏

をこんなに間近で聞くのは初めてのことだった。それだけに感動が大きかった。

 自分の経歴紹介もあり、そのお話からするとかなりご高齢のように思われたが、やはり日頃

の鍛錬だろうか少しも老人らしさが感じられなかった。

 演奏が終わって外に出るとまだ早春の冷たい雨が降っていた。今年はいつまでも寒かった。

いつになれば春らしいお天気になるのだろうか。それでも心の中は春のように穏やかなギター

の旋律に満たされていた。これからも長く演奏活動を続けられるように中林さんのご健康を心

からお祈りしています。(下に中林さんのサイトを紹介しておきます)

                出前演奏 ギタリスト中林淳真セレナーデコンサート

                                2005年4月18日掲載

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