偶然と必然

 天災と言われている最近の出来事を見ていると、地球が傍若無人な人間達に対して警告や

懲罰をあたえているような気がしてならない。その最たるものは地球温暖化による災害ではな

いだろうか。

 過去の歴史を振り返ってみると幾度となく大きな文明が消滅してしまうような出来事が起きて

いる。文明の退廃と自然災害が時を同じくして起きている事が多いのは単なる偶然だろうか。

一つの文明が爛熟したとき天災が追い打ちをかけるように起きている。そして文明は滅び、過

去に忘れ去られてきた。 

 あれほどまでに栄華を極めた文明が何故だろうと私は考える。文明の崩壊は過去の出来事

なのだろうか。私達いまに生きる者は、足下で始まっている文明の崩壊を気付かない。それど

ころか、この栄華がいつまでも続くことを信じて疑わない。自然は何度も繰り返し警鐘を鳴らし

続けている。そのけたたましい警鐘すら一時の話題で済まされてしまう世の中だ。

 何となく不安を感じたものは現実からの逃避に走っている。オカルト的な宗教が多いのも、そ

の現れではないのだろうか。しかし、いったん狂い始めた歯車は容易には元に戻らない。破局

的な最終段階に向けて、ずるずると落ちていくしかないようである。

 この世の中の出来事を偶然の事のように考えている人が案外多い。しかし、偶然といえるよ

うなものが果たしてあるのだろうか。台風は偶然に発生するものだけれど昨今の発生個数や

日本近海で急速に大型化する台風は、とても偶然の出来事とは思えない。熱帯性低気圧がい

っきょに台風になるのは日本近海の海水温が異常に高いのが原因だ。昨年は八月頃から相

次いで上陸し、各地に大きな被害をもたらした。台風のコースも単なる偶然とは思えない。偏西

風のわずかな偏りが、従来とは異なったコースをとらせているようだ。

 また、台風の被害となると偶然ではなく、まったく人間サイドの問題につきるようだ。昨年の八

月大きな台風が瀬戸内海地方を襲った。大潮と台風による気圧低下と強烈な風によって通常

の水位を大きく上回るような潮位を記録した。海水が盛り上がるように瀬戸内海沿岸地方を襲

った。いつかは来るかも知れない東南海地震による津波と同じ水位だった。

 何故もっと早く防波堤などの整備が出来なかったのだろうか。不必要な建物ばかりを増やす

より河川の整備や海岸の防波堤の整備を優先すべきではなかったのか。

 鉄道史上最悪とも言われる列車転覆事故は何故起きたのだろうか。これを偶然だと言う人

はいないだろう。事前に打つべき手は幾つもあったはずだ。それをしなかったばかりに大惨事

は起きてしまった。

 このように、この世の中の全ては、偶然の出来事ではなく必然的な出来事だ。それを、あたか

も偶然の出来事のように言い逃れをしているのが私達だ。

 こんな事を書くと笑われるかも知れないが、私には私自身の身の回りで起きる出来事が何も

かも偶然とは思えなくなってきた。そのことを特に最近強く意識するようになってきた。恐らく過

去からずっと今日に至るまで同じような事はあったのだろうが、単に気が付かなかっただけの

ようだ。こんなところで、こんな人にと思うような小さな出会いから在職中の様々な出来事、ピー

スボートに乗るようになったことまで、全ては必然の中で起きてきたことのように思えてならない

のである。

 これを前世からの約束事と言えば言えなくもない。そんなわけで昨今は何事によらず全ては

必然のなせる事だと思えるようになってきた。人の一生もこの世に生まれてくるときに約束され

てきた事かも知れない。しかし、どのように生きるかは、その人自身が決めることである。仏教

の教えによると、その生き方次第で来世が約束されるのだと言われている。ともあれ今は必然

の中に我が身を置いて、全てが起きるべくして起きたものとして受け入れていこうと思っている。

                                     2005年6月18日掲載

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