グローバル化とは

 経済のグローバル化と言うことが言われ初めて久しくなります。日本もその渦中にあって、大急ぎでその準備を進め

てきました。丁度バブルが崩壊し始めた頃の事でした。以来、経済の建て直しとグローバル化を同時進行のような形で

やってこざるを得ませんでした。成功したか否かは、今後を見ないと分かりませんが、その過程は決して平坦ではあり

ませんでした。総じて日本の会社は粉飾とまでは言わないまでも子会社、系列会社に多くの負の部分を背負わせて、

本体だけは健全であるかの如く細工をしていました。実力以上の背伸びもしていました。土地神話が背景にあって、

価値のない資産を買い占めていました。そんなものが、ある時を境にして一変に価値のないものに変わってしまいま

した。バブル期に買い集めた株、バブル期に買い占めた土地、各種のリゾート開発、ゴルフの会員権等、数え上げれば

切りのない程のものです。

 全てとは言わないまでも、多くはアメリカの唱えるグローバリズムに呼応したものでした。輸出の多くをアメリカに依存

する日本としては、仕方がなかった事とは言え、支払った犠牲はあまりにも大きかったように思います。

 果たしてアメリカの言うグローバル化が本当に必要なのでしょうか。経済にも、それぞれの国のやり方があって良い

のではないでしょうか。

 そんなグローバル化を世界に押しつけた当のアメリカ自体の経済が最近おかしくなっています。ナスダックをはじめと

する株価が急落し、多くの大企業が破綻寸前であったり、すでに破綻したところもあるようです。どうもバブル崩壊前後の

日本の経済状態に良く似ています。それら多くの企業に見られるのが粉飾決算です。儲かってもいないのに儲かった

ように見せかけて株価の下落をくい止めていました。これからどれくらい同じような会社が出るのか分かりませんが非常に

不安で恐ろしいことです。日本発と言われてきた経済恐慌の懸念が、アメリカ発になりかねないような様相を呈しています。

 最近、食に関することで、その地に住むものはその地で産するものを食べなさいと言われています。この考え方は随分

昔からあったようで、私の知っているお年寄りも口癖のように言っていました。食のグローバル化は様々な問題を惹き

起こしています。中国野菜は国内産の野菜を数の面で圧倒しているばかりでなく、安全性の面でも食卓を脅かしています。

牛や家畜の飼料はBSE(狂牛病)問題を発生させました。そして更に問題になっているのは、大量に輸入されている穀物

です。特に大豆やトウモロコシの多くはアメリカに依存しています。これらには遺伝子組み替えのものが少なくありません。

元々遺伝子組み替えが始まったのは作物を作りやすくするという生産者の立場に立ったものでした。農産物を食べると

いう観点から見たときに、果たして一面的な安全検査だけで大丈夫なのでしょうか。

 飽食と言われる時代にあって、家庭でも町のレストランでも多くの食べ残しや余り物が大量に捨てられています。廃棄物

処理と言う面からも多くの問題点を抱えています。危険だと承知で有り余るほどのものを輸入するのではなく、もっと

慎ましやかに、その土地に産するものを食べるようにすることこそ、安全と国の農業を支える事になるのではないで

しょうか。

 そうして農業就労者を増やすことは就職の場を広げる事でもあります。職がないというのは本来居るべき農業就労者が

居ないと言うことではないのでしょうか。

 今、改めておじいさんの言葉を思い出します。「その地に生まれたものは、その地に出来るものを食べていたら健康で

長生きできる」。食にも経済にもグローバル化は必要でないと思うのですが。

                                                        2002年7月11日掲載

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