ご苦労さん貴乃花

 大相撲の貴乃花が引退しました。平成になって後世に名を残す大横綱でした。相撲ファンとしては実に寂しい限りです。

一時は一足早く引退をした兄さんの若乃花と人気を二分し、相撲界の両看板を演じてきました。

 大相撲はプロスポーツだとは言われながらも、他のスポーツに比べると異なることがたくさんあります。日本相撲協会を

組織し古式にのっとり運営されています。また、ある種、閉鎖的な社会だとも言われています。相撲部屋には親方をトップ

に徒弟制度のようなものが厳然として残っています。番付が下のものは番付が上のものの身の回りの世話も食事の準備

もしなければならないようです。番付が全てなのです。また、引退したからといって誰でもが親方にはなれるものではなく、

相撲部屋を作るには親方株というものを持たなければならないようです。親方にはパートナーとしての親方婦人がいて、

二人三脚で弟子を育てていると聞いています。従って、女将さんも重要な役割を担っているようです。弟子は一人前に

なるまでの間、師弟関係の中で厳しく育てられ鍛えられるようです。

 大相撲には地方巡業があります。私も子供の頃、故郷の神辺に来た事のある大相撲を見物しました。当時、大関だった

か関脇だったか忘れてしまいましたが、三根山という力士がいました。この力士を筆頭に大勢の相撲取りが来たのです。

勧進元には地元の料亭「岡虎」がなりました。こうして何日間か神辺に滞在したのです。中学校の校庭に土俵が作られ

大相撲が公開されました。大相撲興行にはショッキリという相撲をおもしろおかしく表現したものもありました。また、のど

が自慢の呼び出しさんによる相撲甚句等を聞かせてくれました。関取と言われる人達がつけた化粧回しはとてもきれい

なものでした。それに引き替え弟子達のまわしは色がはげて大変みすぼらしく感じられました。そして、その差の大きい

のに驚きました。

 このように、大相撲には土俵という舞台で演じる芝居や歌舞伎のような感じがします。従って、力士は単に強いと言う

だけでなく、格好良さも要求されるのではないでしょうか。力と力、技と技のぶつかり合いだけでなく、このショー的な美しさ

も要求されるように思うのです。

 また、横綱の土俵入り、三役揃い踏み、これより中入り、呼び出し、拍子木、弓取り式等、儀式ともショーとも受け取られる

ようなものがたくさんあります。行事もその一人として重要な役割を演じています。相撲会場の櫓太鼓や幟旗などは歌舞伎

やお芝居の興業にも似ています。番付表はさながら歌舞伎のまねきと言われる役者の名前を書いた板のようにも見えます。

 その点、貴乃花といい、若乃花といい、二人には役者としてショーを演ずるだけの要素が十分あったように思うのです。

貴乃花は横綱になって、たちあいの時にたったの三度しか体を替えなかったと言います。すべて真正面から相手力士を

受けて立ったのです。横綱になる前から横綱とは、そういうものだと決めていたのではないでしょうか。当たり前だと言って

しまえばそれまでですが、大変、立派なものだと思います。

 私は今も忘れることは出来ません。貴乃花が引退をするきっかけとなった場所の千秋楽、優勝決定戦の場面です。対戦

相手は武蔵丸でした。貴乃花はその前に足に痛めていました。しかし、足の怪我にひるむことなく武蔵丸と優勝決定戦に

望んだのです。そして武蔵丸を土俵の上に下したのです。勝った瞬間、貴乃花は土俵の中央に仁王立ちになりました。

その顔はまるで阿修羅のようなすごい形相でした。これこそ、歌舞伎の立て役者が舞台で大見得を切る場面と同じでは

ないでしょうか。「よう千両役者」と大向こうから声が飛んでくるような場面でした。

 人気者になればなるほど常に人の目にさらされています。それだけでも不自由な生活だったに違いありません。身も心も

傷ついて土俵を去ることになりました。本当に長い間ご苦労さんでした。これからは名横綱として立派な後進を育てて貰い

たいものだと思っています。

 国技であるからには日本人の横綱がいない大相撲は、実に寂しいものがあります。モンゴル出身の朝青龍が横綱に

なりましたが、貴乃花のいない土俵をどこまで盛り上げてくれるのでしょうか。ハワイ出身の武蔵丸と一緒になって大いに

盛り上げて貰いたいものです。そして一日も早く、次の日本人横綱が誕生することを願っています。

                                                   2003年2月21日掲載

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