ギンナン

決して最適とは言えないような環境の元でたくさんの実を付けたイチョウ

2001年8月撮影

 秋の景色を彩る木々の中でも、紅葉と並んで思い出すのはイチョウではないでしょうか。多くの

歌の中にも歌われてきたイチョウです。晩秋の公園やお寺や神社の境内で、はらはらと止めどなく

舞い落ちる風情を見る時、詩人でなくても詩の一つでも書いてみたいと思うような気がしてきます。

 私が通勤に利用していたコンビナートへ続く道路には、イチョウの木が街路樹として植えられて

います。毎日の炎天下、道路沿いの狭い緑地帯で自動車の排気ガスに晒されながら、それでも

枯れることなく、年毎に大きく成長しています。植樹されて三、四年ぐらいの間に何本か枯れて

しまいました。枯れた後を補うように、他の種類の木が植えられましたが、これらは根付くことなく

全て枯れてしまいました。市の管理のずさんさを見るような結末でした。従って、初めに植えて、

そのまま生き残ったものが現在も成長を続けているのです。

 昨年の秋の事でした。ふと路肩に目をやると、たくさんの銀杏(ギンナン)が落ちていました。

「ああ、こんな道縁のイチョウの木にも実が成ったんだなあ」と、いささか感動しながら眺めて

いました。いつしか落ちていた実がなくなっていました。ここを散歩道にしている人が拾って

帰ったのでしょうか。

 昨年(何年か前のことです)の秋、奥津温泉に行った時、道の駅の真後ろに小さな神社が

ありました。神社の側を歩いていると、小さな境内を埋め尽くすように銀杏が落ちていました。

最近では拾う人もいないのでしょうか。同行した友人達が大喜びで拾って帰りました。珍しい

光景でした。こんなにたくさんの銀杏を見たのは初めての事でした。

 イチョウは生きた化石と言われている珍しい植物です。一科一属一種と言われ、仲間となる

植物は全くありません。日本には平安時代、約一千年前に中国から入ってきたと言われています。

 岡山県にも名木と言われるような木がいくつかあるようですが、イチョウの銘木と言えば浄土宗

の開祖、法然上人の生誕地である誕生寺の大イチョウではないでしょうか。

 この木は実を付けるだけでなく、大きな枝からは太い根が伸びています。これは気根と言われ、

根とは言っても沖縄等で見かけるガジュマルのような地面に達する長い根ではありません。

(中には本物の根となって大地に達しているものもあるらしい)しかし、明らかに枝とは異なる

ものが枝のあちらこちらから下に向かって伸び出しているのです。珍しい生体と言えるのでは

ないでしょうか。

 また、オハツキイチョウと言われ、葉っぱに実を結ぶという奇種も少なくないと言われています。

銀杏((ギンナン)は煎って皮をむいたものを茶碗蒸しなどに使います。白い皮をむくとエメラルド

グリーンの神秘的な色をした身が出て来ます。もちもちとした食感も、他では味わえないものです。

 銀杏は「年の数以上は食べてはいけない」と言われています。それだけ精の強い食べ物なの

ではないでしょうか。たくさん食べると中毒を起こすというから要注意です。

 最近は実だけでなく、葉にも栄養があると言われ、多くの健康食品が出回っています。ちなみに

私が勤務していた会社、日本合成でもイチョウの葉から作った「バイカン」という健康食品を販売

していました。

 ともあれ寿命が長く巨木となる植物です。庭木として植えるには不向きです。しかし、お寺や

神社には欠くことの出来ない木でもあります。私のふる里、神辺にも何本か巨木と言えるような

イチョウの木がありました。一本は町のどの方角からでも眺めることの出来る本陣の裏庭の

大イチョウ、もう一本は県社と言われた天別豊媛神社の境内の片隅にある大イチョウでした。

ことに秋の写生会の頃になると、天別豊媛神社の境内はイチョウの葉を敷き詰めたようになり、

私達の格好の画題となっていました。しかし、あまりにも大きすぎて画用紙には収まりきれず、

うまく描けたためしがありませんでした。

黄葉までには時間があるが葉の間からは大きくなった

銀杏が垂れ下がっている  2001年8月撮影

 イチョウには雄の木と雌の木があります。従って、実を結ぶのは雌木の方で大半の木は雄木です。

亡くなった祖母が、祖母の家の前の荒神さんにあったイチョウの木の銀杏を拾っては、きれいに

洗って食べさせてくれた日のことを昨日の事のように思い出しています。在りし日の祖母に繋がる

懐かしい思い出です。

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