演歌巡礼50年

 歌は世に連れ、世は歌に連れ 人それぞれ心に歌を持っています。私の心の歌の多くは演歌であり小学校唱歌です。

 本州の最北端青森県の塩屋埼に歌碑が建っています。美空ひばりさんが晩年に歌った「みだれ髪」という演歌の歌碑

です。作詞家星野哲郎、作曲家船村徹氏により作られた演歌です。私の好きな演歌の一つです。

 先日、NHKの特別番組として「演歌巡礼50年」が放映されました。演歌好きの方なら恐らく見られた事と思います。

私も船村氏の一ファンとしてじっくり見聞きさせて貰いました。

 作曲家、船村さんは若い時から作曲活動を始められ、今までに数多くの名曲と言われるものを作っておられます。

そして、船村演歌を歌って世に出た歌手も少なくありません。こんな歌もあんな歌もと思うほどたくさんの曲があります。

演歌は戦後の荒廃の中から立ち上がった私達日本人の心の支えとなってきたことは間違いがありません。多くの人が

演歌に励まされ、演歌によって生きる勇気と希望を与えられて来たのではないでしょうか。少なくとも、私達の世代にとって、

若者達が好んで歌う今日的な音楽よりもはるかに馴染みがあります。

 船村さんの歌の原点はどこにあるのでしょうか。売り出し前の作曲家として下積みの生活をしていた時、無二の親友で

ある高野公男さんという方がおられたようです。船村さんより三歳年上の人です。その高野さんと、酒を飲んではああでもない

こうでもないと演歌論議をしていたそうです。その高野さんが26歳という若さで亡くなりました。亡くなった時、3冊の大学ノート

が残されていたそうです。その中には入院生活をしながら書き溜めた歌詞がいっぱいあったそうです。伴に田舎から東京に

出てきての8年間、実の兄弟のようなつき合いだったようです。今でも在りし日の事を思い出すと船村さんは目頭が熱くなる

と話しておられました。その高野さんの作詞で作った「男の友情」と言う歌を、船村さんが自らのギターの弾き語りで歌って

おられました。本当に心に沁みるような良い歌でした。

 船村さんの歌の多くが何となく哀愁を帯びています。その曲が星野哲郎さんや石本美由起さんの詞と良く合っています。

恐らく船村さんの演歌の原点は亡くなった高野さんと共に過ごした8年間に凝縮されているのではないでしょうか。東京に

戦後の傷跡が色濃く残っていた頃、多感な青春時代を過ごした思い出はいつまでも心の中に残っており、あの哀愁漂う

船村演歌として私達に何かを訴えかけているような気がしてならないのです。

 船村さんの演歌人生は「酒は友、音楽は母」と言う言葉に代表されるようです。ここにこの番組で紹介された船村演歌の

一部を掲載しておきます。

女の宿 大下八郎    女の港 大月みやこ    柿の木坂の家 青木光一

東京だよおっ母さん 島倉千代子    兄弟船 北島三郎     矢切の渡し ちあきなおみ

哀愁波止場 美空ひばり    みだれ髪 美空ひばり

別れの一本杉 春日八郎    あの娘が泣いてる波止場 三橋美智也    王将 村田英雄

風雪ながれ旅 北島三郎

                                                      2002年6月17日掲載

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