栄光の架橋(かけはし)

 オリンピックの期間中、毎朝が大変楽しみだった。テレビでは毎朝、夜間に行われた競技の再放送を行って

いた。その放送のテーマソングが「ゆず」の「栄光の架橋」だった。この歌が流れるたびに毎日メダルが増えて

いった。大変縁起の良い歌だった。

 さて、近代オリンピックの第一回夏期大会は1896年に古代オリンピック発祥の地であるギリシャで開催された。

それから118年を経てオリンピックは再びギリシャへ戻ってきた。そして、8月13日から17日間、ぎらぎらと

焼け付くような太陽の下で選手達の熱い闘いが展開された。

 古代オリンピックでは戦(いくさ)の最中であっても戦いを中断し競技に参加したと言われている。いわば

オリンピックは平和のシンボル的な存在であった。しかるに、今回イラクではオリンピックの間も激しい戦争が

展開されていた。アメリカのブッシュ大統領はアフガニスタンやイラクがオリンピックに参加していることを取り

上げ、あたかも自分の成果のように宣伝していた。しかし、イラクのサッカーチームの監督は、今でも国内では

激しい戦闘状態にあることを指摘し、イラクのオリンピック参加をブッシュの宣伝に使われたくないと話していた。

イラクの人達みんなの素朴な国民感情ではないだろうか。

 古代ギリシャは、その昔、栄華を極めた。その当時の多くの建造物が遺跡として今も国内のいたるところに

残っている。しかし、その後、オスマントルコに占領され長く不幸な時代が続いた。オスマントルコから独立を

勝ち取った後、トルコからは100万人ものギリシャ人が追放され、多くの難民を受け入れたギリシャは困窮を

極めた。この時代の貧困と退廃の中から生まれたのが、今も国民的な音楽となっている「レンベチカ」である。

この音楽は「貧民街から生まれた歌」といわれ、民族楽器ブズーキ(一見、マンドリンのような形をした弦楽器)

の伴奏で歌う歌は、妙にもの悲しく東洋的な旋律である。今回の大会でもブズーキの演奏が行われていた。

 そんな苦難の歴史を背負ったギリシャで久々にオリンピックが開催されたのである。オリンピック関連施設の

建設の遅れや会期中のテロなど懸念材料も多かったが、何とか17日間無事乗り切ることが出来たようだ。

 色んな障害がありながらも開会式や閉会式の演出は実に見事だった。開会式でのギリシャの長い歴史を

多くのパフォーマー達が色んなものに扮装して見せてくれた。卓球の愛ちゃんの言葉を借りると、とても人間に

は見えず、ロボットのような見事な扮装であった。出演者みんなが大理石の彫刻になりきっていた。

 こうして、いよいよ大会競技は始まった。中でも日本勢の活躍には目を見張るものがあった。柔道、水泳、

体操、レスリング、その間にアーチェリーや自転車競技、ヨットやハンマー投げ等、かつてメダルを取ったことの

ないような競技種目でもメダルを獲得した。実にすばらしい活躍だった。

 特に日本のお家芸である柔道は、これが本当の柔道の姿なのだということを強く世界の人々に印象づけた

のではないだろうか。過去のオリンピックでは、技ではなく力でねじ伏せるというイメージが強かった。そんな

風潮の中で体力的に劣る日本人は常に苦しい闘いを強いられてきた。また、審判員には未熟な人が多く、

誤った判定で苦々しい思いをしてきた。

 そんな過去のいきさつを克服し、今大会では見事な一本勝ちで勝利を収めた。柔道の神髄を見せた大会で

あった。小さな体の者が大きな相手を投げ飛ばす。柔道は本来そういうものであった。そのためには、相手を

力で押さえ込むのではなく、相手の力をいかにうまく利用して技をかけるか、これが柔道のあるべき姿では

ないだろうか。今回、胸のすくような思いをしたのは私だけではなかったはずだ。

 そして、男子体操は見事な復活を見せてくれた。かつて日本は世界に冠たる体操王国だった。しかし、ある

全盛期を境にぷっつりと表舞台から消えてしまった。もう日本人選手の勇姿は見られないのかと、みんなが

あきらめかけていた。ところが今大会では団体競技で見事金メダルに輝いた。誰の目にもはっきりと体操日本

の復活の姿が見えたのでがないだろうか。

 また、数こそ少なかったが個人種目でも何個かのメダルを取ることが出来た。銅や銀とは言え得点において

金とさしたる差はなかった。世界との距離はいっきに縮まったと見ても良いのではないだろうか。今後の活躍が

大いに期待される種目である。

 また、水泳は北島康介選手の平泳ぎ二冠制覇を初めとして男女とも健闘が目立った。大柄な外人選手の中

にあって日本人の体格は決して恵まれているとは言い難い。しかし、それを努力と研究で勝ち取った成果では

ないだろうか。栄光の陰には血のにじむような努力があったに違いない。心から健闘を称えたい。

 その他、アーチェリーやヨット、自転車競技など珍しい種目でもメダルが取れた。これらはすべて選手層が

厚いとは言い難い種目ではある。選手の熱い思いとたゆまぬ努力が実を結んだと言うべきではないだろうか。

これを機に、これらの種目にも多くの後輩が育っていく事を心から願っている。

 アニマル浜口ことプロレスラーの浜口さん。派手なパフォーマンスですっかり有名になってしまった。親子で

勝ち取った銅メダルである。準決勝で敗れメダルはダメかと思われたが、敗者復活で見事銅メダルに輝いた。

競技後の彼女のコメントとすがすがしい笑顔が印象的であった。これぞスポーツウーマンという立派な態度で

あった。スポーツは勝つことも必要ではあるが、それ以前にスポーツマン自身の人間性やマナーが大切である。

マナーを失してスポーツを汚してはいけない。外人選手の中には、ドーピングでメダルを剥奪された選手もいた

が、スポーツマンシップにももとる行為だ。今後はより厳密な検査体制が望まれる。

 卓球の愛ちゃんは準決勝に残れなかった。それでも自分より世界ランキングが上の選手と良く闘った。経験

不足は別として、技量において決してひけをとるような事はなかった。まだ若いし、これからだ。彼女の素直で

明るいキャラクターは、小さい頃のイメージと重なって何とも愛くるしい。特に、インタビューではどんな事を言う

んだろうと毎回楽しみにして聞いている。どうか、この素直さと明るさを失うことなく北京大会では上位入賞を

目指してがんばって貰いたい。

 オリンピックと言えばマラソンを思い浮かべるほど、古代オリンピックでもマラソンは大会の華であった。今回

の女子マラソンでは日本がシドニー大会に続いて金メダルに輝いた。金メダルを取ったのは野口みずき選手

であった。気温35度、高低差200メートルという実に過酷な条件下でのレースだった。スタート直後から先頭を

走っていたイギリスの選手は、激しい競技に耐えきれずリタイヤしてしまった。過去に実績のある選手だった。

こんな選手でさえリタイヤしなければならないほど実に過酷なレースだった。そんな中で、わずか150センチ

あまりという小さな体で42.195キロを完走し金メダルに輝いたのだ。価値ある金メダルだった。

 彼女以外にも土佐選手が5位、坂本選手が7位と、出場した三選手が、ともに入賞するという輝かしい成績

であった。今回のアテネ大会は記念すべき大会だ。それだけに、この偉業は永久に歴史に残るのではない

だろうか。今はただ、ご苦労さまとだけ申し上げておきたい。また、大会最後に行われた男子マラソンでもメダル

こそ取れなかったものの男子選手三人の内、二人が入賞を果たした。これもまた素晴らしい成績と言える

のではないだろうか。

 団体競技では惜敗が多かった。競技前から期待が大きかっただけに落胆も大きかった。しかし、大会という

ものは、こんなものかも知れない。いつも練習試合をしている相手ならともかく一発勝負は怖い。長嶋ジャパン

は選りすぐりの選手をそろえ大会に臨んだが、オーストラリアチームに2度も負けてしまうという悔しい思いを

した。今後の奮起を期待したい。

 その他、サッカー、バレーボールと厳しい予選を勝ち抜いてきたが、あえなく敗退してしまった。そんな中で

女子ソフトボールチームは銅メダルだった。選手の皆さんは金を目指していただけに大変悔しかったに違い

ない。とは言いながら世界第三位の成績である。胸を張っても良いのではないだろうか。

 今回の大会で不本意な成績に終わった競技種目や選手も多いと思うが、この悔しさをバネにして次回北京

大会では是非、メダルを取って貰いたい。

 今回、の素晴らしい成績を勝ち取る事が出来た背景には、選手の努力のみならず監督やコーチなど選手を

囲む人達の努力と陰の支えがあったからではないだろうか。また、忘れてならないのは、より優れた選手の

陰には多くの練習相手になってくれる同僚がいたことではないだろうか。

 そして、チームや選手を育てるためには莫大なお金が必要だ。いったい、このお金はどのような形で捻出

されているのだろうか。遠征やマラソンの高地トレーニングなど、考えてみただけでも気の遠くなるようなお金が

必要なはずである。多くのチームや選手は名だたる企業へ所属している。しかし、みんながみんな、そうでは

ないはずだ。日本という国が豊かになったからこそ出来ることではないのだろうか。

 世界中には貧困であるが故に選手を育てることが出来ない国も少なくない。こんな国から選手を送り出すのは

大変な事である。こんな貧富の差がない世界にしていかなくてはならない。メダル獲得数の上位の国には、選手

を育てるだけの資金力と、それなりの背景がある。仕方がないと言ってしまえばそれまでの事だが不公平な

世の中である。

 近年のスポーツは本人の資質だけでなく、たゆまぬ研究によって築き上げられたものである。ある意味では

作られたものだと言っても過言ではない。日本の体操の復活や柔道の復活がよい例である。更なる研究を

続けていかないと、いつ相手にひっくり返されるか分からない。

 水中競技の華であるシンクロナイズスイミングではペア、団体ともにロシアに次いで銀メダルだった。この

競技では演技だけでなく、演出においてもいかに審査員にアピールするかということも大切な事であった。

そのためには音楽にも工夫が凝らされた。何度も試行錯誤しながら練り上げられた音楽が使われた。今日

では、これほどまでにしなければ上位入賞は果たせなくなっているのである。

 今大会の野球チームのように一流選手をそろえただけでは勝てないのである。日本に二度までも勝った

オーストラリアチームは密かに他国の野球を研究していたのではないだろうか。

 ともあれ、栄光はいつまでも続くものではない。栄光の座はいつかは奪われか分からない。今日の勝利に

奢ることなく、次の大会に向けてあくなき鍛錬を続けて貰いたい。選手の皆さん、関係者の皆さん、本当に

ご苦労様でした。是非、次回の北京大会でも「栄光の架橋」を実現させて下さい。

                                                 2004年9月10日掲載

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