最新映画事情

 どこの国の映画監督が話していたのか記憶にないのですが、映画はその国の文化なのだと言っていました。だから

アメリカ映画全盛の今日にあっても自国の映画を作り続けていくのだと話していました。

 今日、映画といえばアメリカ映画が他国のものを圧倒しています。私達が若かった頃(昭和30年代後半から40年代に

かけて)には、フランス映画もありましたし、イタリア映画もありました。それぞれの面白さや、それぞれのお国柄のような

ものも感じられて、それぞれを楽しく鑑賞していました。もちろん日本映画も頑張っていました。

 振り返ってみますと、戦後の昭和20年代後半から30年代にかけて日本映画は最盛期を迎えていました。東映の時代劇

映画、日活のアクション映画、ゴジラを登場させたSF映画、黒澤監督作品に見るような名作の数々が続々と作られた時代

でした。このように映画はその国のその時代と伴にあり、その国の文化や庶民の生活を背景にして制作されてきたように

思います。テレビ等というものもなく戦後の娯楽の少ない時代、鞍馬天狗は私達のヒーローでしたし、勧善懲悪のはっきり

した映画が多かったのも、その時代の特徴の一つだと思います。

 私は子供の頃から無類の映画好きでしたから、社会人になっても休みの度毎に映画館に通っていました。それこそご飯

抜きでも映画館に浸かりきっていたいほどの映画好きでした。それは今も変わりません。それほど映画好きな私ですが、

最近、映画館に行っても、あるいはビデオショップに行っても、これはみてみたいと思うような意欲を感じないのです。

高い料金を支払って映画館に入っても心に残るような感動がないのです。前評判の高い映画でも鑑賞した後の印象が

まるで薄いのです。

 最近作ではトム・ハンクスが自らの体重を落としてまで取り組んだという「キャストアウエイ」をみてみました。意欲作にしては

単なるロビンソンクルーソーの吹き替え版のようなもので、映画を通して何がいいたかったのか、まるで分からないのです。

「ポストマン」という近未来を描いたケビン・コスナー主演のSF映画がありましたが、これも今ひとつという感がありました。

人気俳優を起用しながらも感動を与えることの出来ない映画がアメリカ映画には大変多いように思います。何故でしょうか。

アメリカ映画は見ている時には、はらはらどきどきさせられるのですが、見終わってからの感動がまるでないのです。

今では映画の金字塔のような存在となっている「太陽がいっぱい」(フランス映画)や「禁じられた遊び」(イタリア映画)など

には、制作者の思いや時代的背景のようなものが十分感じられて、未だに強烈な印象となって残っています。

 つい最近、黒澤監督の「七人の侍」を見てみました。時代を経て見ましても映画の古さを感じさせません。そこには、監督

自らが主張したかった何かが描かれているからかも知れません。私は、今こそもう一度、日本映画を見直しても良い時期に

来ているのではないかと思っています。やはり映画はその国の文化です。日本には日本的なもの、日本的主張のある映画

が作られても良いのではないかと思っています。亡くなった伊丹十三監督の映画や、大林宣彦監督の映画や、近作では

北野武監督の映画など、個性あふれる、主張のある映画がたくさん出来ています。奮わないといわれている日本映画の

中で、頑張っている映画人達に心から応援のメッセージを送りたいと思っています。寅さんのひょうひょうとした生き方や、

釣りバカ日誌のはまちゃんには、山田洋二監督の日本人の日本的なものがたくさん描かれていて、心の安らぎを感じて

いる人は少なくないはずです。

 レンタルビデオショップ「つたや」の店頭の主要なところはアメリカ映画のビデオで占められています。日本映画は奥まった

ほんの一隅を占めているだけです。これらの映画をもっと日の当たるところに引き出してやりたい、そんな思いがしている

今日この頃です。

                                                 2002年1月16日掲載

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