ベビーモーター

 人生と言うものは不思議なものです。何がきっかけとなって思いがけない方向に行くか分かりません。私が

電池や豆電球、はては磁石やベル、ベビーモーターに興味を持ったのは小学生の頃のことでした。乾電池を

二つ直列につないだら、豆球が明るく光ったこととか、組み立て式のベルが鳴った時の喜びは今も忘れません。

 その頃、決して安くはなかったベルやベビーモーターの部品は箱に入ったキットで売っていました。これを

買って組み立てては壊し、壊しては組み立てていました。エナメル線という焦げ茶色の細い銅線を鉄心に

巻いて電磁石を作りました。それを乾電池につなぐと強力な磁石になるのです。実に不思議でした。

 それよりもっと不思議だったのは電磁石を応用したベルやモーターでした。何故音が出るのか、何故振動

するのか、さして理屈は分からないままに組み立てていました。

 モーターは大変興味をそそられる対象でした。今日ほど身近に回転するものがなかった時代です。たとえ

それが小さなモーターであっても回転する事自体が不思議でした。こうして私の電気のおもちゃ好きは次第に

エスカレートしていったのです。そして、ついには音が出るラジオ作りにまで発展しました。

 しかし、好きな事と得意な事とは根本的に異なります。つまり私は好きな事が得意な事だと勘違いをして

しまったのです。そして高校への進学は迷わず工業高校を選びました。中学校三年の担任の先生が何度も

思いとどまるように説得をしてくれたのですが、一途に高校は工業高校と思い詰めていました。振り返って

みれば先生は大人ですから、冷静な目で私が進むべき道は異なる道だと言うことを、考えていてくれたのかも

知れません。

 その上に工業高校でも最も難しいとされた電気科を選択してしまったのです。難関と言われた電気科に入り、

初めて現実の厳しさを知ったのです。一学期、二学期と次第に難しくなる電気理論や電気の授業はモーターや

ベルの組み立てのような訳にはいかなかったのです。自分の進むべき道は、ここではなかったと気が付いた

のは高校二年の時でした。しかし今更、別のコースの選択など出来る時代ではありませんでした。中には卒業後、

違うコースに進んだ同級生もいましたが。・・・

 それでも工業高校卒業後は脇目もふらず電気屋として勤めて来ました。そして四十二年間のほとんどは電気

に関わる仕事にして来ました。今更ながら人生何がきっかけで思いがけない方向に転がっていくか分かりません。

単純なおもちゃの組み立て好きが高じて、生涯それで飯を食う事になろうなどと誰が考えたでしょうか。

 途中では何度もリタイヤしようと思った電気の仕事ですが、それでもベビーモーターが回転する時の澄んだ

音を耳にするとわくわくしたり、カタログの組み立てキットを見たりすると、買ってみたい衝動に駆られるのは

何故なのでしょうか。

                                                  2003年11月21日掲載

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