純情無頼  小説「坂東妻三郎」 高橋治  (株)文藝春秋

 阪妻と言えば私達の父や母と同世代のスターであった。父は若い頃、坂東妻三郎の事を阪妻と呼んでいた。阪妻は

映画俳優の田村高廣や田村正和らのお父さんである。

 その昔、映画はトーキーと言っていた。その前は音声の入らない無声映画時代であった。従って、弁士や楽団が

生演奏で映画に会わせて台詞を代読したり音楽を演奏していた。徳川夢声という有名な弁士が活躍したのも、この頃

の事である。

 板妻は尾上松の助という無声映画時代に活躍した俳優の後を受け継ぐように映画界に登場した。その活躍はすごい

ものであったらしい。長谷川一夫が出てくるまでは人気を独り占めにしていたようだ。それほどの大スターであるから

話題には事欠かない。

 そんな阪妻の生涯を映画界の隆盛や衰退を機軸にして書いたのが、ここで紹介する「純情無頼」という本である。本の

副題はずばり小説「坂東妻三郎」である。フィクションではない。全ては事実を元にして書かれている。内容は読んでの

お楽しみというところだが、単なる人気スターの生涯ものと言うのではない。息子高廣の目を通してみた父親の姿であり、

高橋治(高廣の親友)という、この小説を書いた作家自身もまた小説の中の登場人物なのである。そこら辺がこの本の

特徴であって面白い。

 阪妻が出演した映画は多い。特に時代劇が多いようだが、その中でも傑作とされているのは「雄呂血」という映画だ。

この映画は阪妻の代表作とも言うべきものだが、わけても剣劇シーンが迫真の演技であったらしく、今日でもなお語り

ぐさになるほどのすさまじいものであったらしい。一度見てみたいものだと思っている。一方、「無法松の一生」だが、

今日では多くの俳優が演じている。しかし、阪妻のものが一等最初であり、無法松といえば阪妻と言うくらい彼の代表作

となっている。こうしてみると阪妻は運が良くて大スターになったとか、男前だから大スターになったと言うのではなく、

役者としての天性とたゆまざる努力が大スターにしたと言うべきではないだろうか。

 今日、日本の映画界は衰退期にあると言われている。しかし、ほんの一昔前までは映画なしでは夜も日も明けなかった

時代もあるのである。それは阪妻らに代表されるような、日本人が作った日本人らしい映画によるところが大きかった

のではないだろうか。良い映画を作れば映画は売れるのである。京都を中心とした映画作り草創期の意気込みを、再び

取り返す日が来たらん事を心から願っている。

                                                     2002年4月8日掲載

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