明日を開く

 国民に多大な期待を抱かせつつ誕生した小泉内閣ですが、アメリカに於けるテロ騒ぎもあって肝心な経済改革も

やっと本格化し始めたばかりです。聞くところによりますと、自民党内の構造改革反対派が水面下で動いており、

改革推進派と激しいつばぜり合いをしているようです。

 こうしてみますと、既成の利権に寄って立つ連中自身による改革というものが如何に難しいものであるということが

良くわかります。上辺だけは賛成であっても、その実は本気になって取り組む等という考えが全くないと言っても

過言ではないようです。彼等の言う小泉内閣に協力するというのは口先だけの事であって、元々、本気で取り組む

意志など全くなかったというのが本当のところではないでしょうか。

 よくよく考えてみれば現職の政治家に改革など出来るはずがないのです。それは、ほんの少し過去の歴史を振り

返ってみれば良く分かることです。明治維新が革命と言えるものであったかどうかの議論は別にして、当時の政府で

あった徳川幕府内にも改革の動きはありました。しかし、二重にも三重にも既得の利権に縛られた幕府の官僚自身

の手では、結局、何もなしえずに崩壊せざるを得ませんでした。徳川幕府を倒し、新しい時代を作ったのは何の

しがらみもない地方出身の若者達でした。

 どこの国でも、どの時代でも、新しい時代は必ず既成のシステムの破壊から始まっています。既成の社会秩序や

システムを壊さなければ、新しい時代を築くことは出来ないようです。何かをしなければ、何かを変えなければという

激しい衝動に突き動かされて立ち上がった青年達が行動を起こすことから新しい時代への第一歩が始まりました。

幕末当時、世界も大きな激動のさなかにありました。ヨーロッパの国々をはじめ、アメリカやロシア等の列強各国は

アジアへアジアへと進出をしていました。そんな中にあって、とても日本だけが安穏としておられるような状況では

なかったのです。

 国内でも相次ぐ天災のため度々大飢饉が発生し、今の地方自治体である各藩の財政は極度に逼迫していました。

収入の目処がないのに無能な藩主達の濫費により、多くの藩が大商人から大金を前借りし、その返済に追われて

いました。まさに藩の財政事情は崩壊状態にあったのです。

 これらの藩の中には、早くから危機感を抱いた英明な藩主もいて、積極的に民間人を登用し、財政の建て直しを

図らせていたところもありました。岡山県では(現在の高梁、備中松山城の城主)譜代大名である板倉藩などです。

板倉藩には、かの有名な山田方谷がいました。

 また、外様大名の中には先進的な藩もありました。こういった藩が中心となって幕府の改革を迫っていました。もちろん、

これらの藩の中には既成の序列にとらわれない優秀な人材が続出していたことは言うまでもありません。高杉晋作、

吉田松陰、西郷隆盛、大久保利通、木戸孝允、坂本龍馬、中岡慎太郎、武市半平太、伊藤博文、河合継之助らです。

 彼らのあるものは脱藩し、あるものは藩の幹部や藩主を突き動かして時代を動かし始めました。こうなると、最早、

時代の動きを止めることは出来ません。これらの人々の多くが先祖代々の家柄とか、親の庇護の元にぬくぬくと成長した

といった人ではありませんでした。みんな雑草の如くたくましく成長してきた人達でした。しかも若いが故に既成の何もの

にもとらわれることはありませんでした。思い切り自分の信ずるところを進んでいけば良かったのです。

 幕末から明治にかけての時代は、今の世に非常に似通ってはいないでしょうか。今の政治家の多くは有名な政治家

だった人の二世、三世です。岡山県出身の代議士では橋本龍太郎氏や平沼赳夫氏などがいます。現職大臣の中には

小泉純一郎、田中真紀子、石原伸晃、福田康夫等、数え上げればきりがないほどです。みんな親父さんの跡を継いで

政治家になった人達ばかりです。もちろん野党の中にも数多くの二世議員がいるということは言うまでもありません。

 いわば、庶民とはかけ離れた存在の政治家です。おおよそ私達の苦しみや悲しみとは縁遠い存在にある人ばかりです。

藩の家老や重役たちの息子が家の跡を継いで家老や重役になるのと同じ事です。残念ながら経済界にも現状を変えよう

とか、何とかしなければという動きは見られません。彼らもまた、既成の枠組みの中で甘んじて現状を受け入れ、じり貧を

待つ人ばかりです。この逼塞状態を抜け出すための行動を何故起こそうとはしないのでしょうか。決断さえすれば出来る

ことです。

 最早、彼らに改革を望むのはやめにしましょう。既成の何ものにもとらわれない若者たちが世に登場しない限り、改革は

絶対に無理だと断言しても良いのではないでしょうか。目先がわずかばかり良くなったといって喜んでおられる状態では

ありません。事態は見た目以上に深刻です。根本から改革をしない限り、何も良くならないと断言してもいいでしょう。

 今こそ、学生や若者たちが立ち上がるべき時だと思うのです。ぬるま湯の中でぬくぬくとしておられる時代は過ぎたのです。

新しいイデオロギーと新しい力でしか新しい時代は築けないと思っています。

余談

 先日、忘年会で久々に倉敷駅前の商店街を歩いてみました。年末だというのに閑散としているのです。それどころか

目抜き通りともいえる商店街に点々として空き店舗があるのです。私達が考えている以上に世の中の不況は深刻です。

 社会的風潮にも大きな変化が見られます。いままで当たり前の事だと思っていたようなモラルが守れないのです。

それは大人にも子供にも言えることです。何かが大きく崩れていこうとしている予兆ではないでしょうか。壊さなくても

世の中は自然に足下から崩れ始めているのです。その足下を見ようとしない政治家達、最早、救いようのない事態

なのです。

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