ちあきなおみ「紅とんぼ」

 何となくもの悲しいこの曲は、歌手の「ちあきなおみ」さんが歌った曲です。彼女の雰囲気に

ぴったりの曲でした。その「ちあきなおみ」さんが、突然、何の前触れもなく歌を歌わなくなり、

芸能界から姿を消してしまいました。その理由(わけ)を知ったのは、彼女の姿が見えなくなって、

ずっと後の事でした。彼女が歌の世界から姿を消したのは、郷さんという最愛の夫を肺癌で

失ってからだと言います。

 私は、彼女が結婚したことさえ知りませんでした。彼女ほど有名な人でありながら、結婚すると

言ううわさ話を聞いたこともなければ、週刊誌などで騒がれたという記憶もありません。このように、

実生活においては誠に地味な人だったようです。はにかんだような笑顔は彼女の素顔だった

のかも知れません。

 しかし、歌には圧倒的な存在感がありました。それだけ歌唱力を持った人だったのではない

でしょうか。彼女が私達の前から姿を消してから、やがて十五年になるそうです。月日の経つ

のは早いものです。彼女も五十九歳になったと聞いています。しかし、歌手としての円熟味を

増すのは、これからではないでしょうか。ファンのみならずとも、ぜひもう一度、私達の前に姿を

見せ、歌を聞かせて貰えたらと願っています。

 彼女の歌の特徴は、代表曲の一つである「紅とんぼ」に良く現れているように思います。彼女

の低音でけだるいような声は、この曲に良く合っています。聞くものにまるで語りかけてくるような

歌い方は、和製のシャンソンとでも言えましょうか。この歌から歌の世界が垣間見えるような気

がするのです。

歌は以下のような歌詞です。

吉田旺作詞

船村徹作曲

一、

空にしてって酒も肴も

今日でおしまい 店仕舞い

五年ありがとう 楽しかったわ

いろいろお世話になりました 

しんみりしないでよケンさん

新宿駅裏 紅とんぼ

想いだしてね 時々は

二、

いいのいいから ツケは帳消し

貢相手も いないもの

だけどみなさん 飽きもしないで

よくよく通ってくれました

歌ってよ騒いでよ しんちゃん

新宿駅裏 紅とんぼ

思い出してね 時々は

三、

だから本当よ 国へ帰るの

だれももらっちゃくれないし

みんなありがとう うれしかったわ

あふれてきちゃった思い出が

笑って泣かないで チーちゃん

新宿駅裏 紅とんぼ

思い出してね 時々は

 この歌に描かれた場末の小さな酒場を想像して見ましょう。どんな店なのでしょうか。店の中

はどうなっているのでしょうか。歌の主人公はどんな女性なのでしょうか。着物なのでしょうか、

それとも洋服なのでしょうか。白いエプロンをしているのでしょうか。等々、想像の世界は次第

に広がっていきます。そして、時代はいつ頃の事なのでしょうか。

 余談になりますが、近年、大きく変貌を遂げてしまった東京の、それも新宿という街に、その

ような店がまだあるのでしょうか。とっくの昔になくなってしまったに違いない、そんな気がします。

 間口も奥行きも一間半か二間くらいの小さなお店。お客が十人も入れば、それでいっぱいと

なってしまうような店の中。カウンターの内側にはママがいて、カウンターの下には、少し世帯

じみた台所道具が所狭しと並べられています。ママの後の小さな棚には、お馴染みさんの名前

入りのボトルが並んでいます。おでん鍋には、いつも湯気が立っていて、チロリを湯煎する角鍋

がその横にあります。カウンターの上には大きな盛り鉢があって、野菜の炊き合わせや焼いた

魚の酢漬け等が置いてあります。

 お客さんは忙しく立ち働いているママに冗談交じりの言葉を投げかけます。時には、お客同士

の小さな諍いや口論もあります。そんな時には、そっと二人の間に割って入り優しく話しかける

ママ。ママに声を掛けられれば、それ以上の口論は野暮だと悟って、お互いに笑って終わります。

 ママにだって恋の一つや二つはありました。しかし、多くの場合、みんな世帯持ちの男でした。

相手の家庭を壊してまで恋に生きる気にはなれませんでした。そんなママさんだからこそ、会社

帰りにみんな気楽に立ち寄ることが出来たのかも知れません。

 実は私が社会人となった昭和38年、その頃、会社の寮の近くにそんな小さな店がありました。

場所は東京の新宿とは、おおよそかけ離れた熊本県の小さな町でした。付けが利く店で、懐が

いつも「すかんぴん」だった私達寮生には、大変人気があった店でした。

 店を切り盛りしていたのは背がすらりと高くて大柄な美人ママさんでした。少し後からは、この

人の妹さんも店を手伝うようになりました。この人は小柄でしたがお姉さんに負けないほどの

美人でした。むろん、二十歳にもならないような私達が恋するような人ではありませんでした。

しかし、会社帰りに立ち寄る寮生達のマドンナ的存在でした。

 店の名前は「だるま」、赤い暖簾と大きな提灯が店の入り口に下がっていました。もう時効

でしょうから打ち明けますが、成人式も済んでいないのに、私達は毎日のようにこの店に立ち

寄っては酒やビールを飲んでいました。この店の名物料理であるモツ煮込みもチャンポンも

常に腹を空かせていた私達には何よりのご馳走でした。そして、カウンターの向こうのママさん

の美しい横顔を見るだけで満足でした。今は懐かしい想い出となってしまいました。

 今もこんな店が何処かにあるのでしょうか。それとも、とっくの昔になくなってしまい、今は私達

の思い出の中だけの店なのでしょうか。「いろいろお世話になりました・・・・」こう言って、美人

ママは紅暖簾の下がった店から消えてしまったのでしょうか。そう言えば映画「オールウエイズ

三丁目の夕日」の中にも、小雪さん演ずる、そんなママさんがいたっけなあ。

                                         2007年12月1日掲載

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