時の話題「明るい話題」

昨今、暗い話題が多い中、中には人の心を和ませるような明るい話題も少なくない。

先には、オリンピックの後に開かれたパラリンピックで多くの日本選手が活躍した。

オリンピックほどの派手さはないが、地道な日本選手の活躍が光った大会であった。

多くのハンディを持ちながらくじけることなく、この日を迎えた選手のみなさんに心から敬意を表したい。

金、銀、銅のメダルを連日獲得し、腕の力だけで泳ぐ選手の力強さや車椅子の競争に激しい闘争心を

燃やす女子選手達の姿が印象に残った。

 幾多の人達が候補者に上がりながら、受賞できなかったノーベル賞に筑波大学の名誉教授である

白川さんが受賞した。ノーベル化学賞である。受賞の対象となったのはポリアセチレンを使う

導電性のポリマーの研究が評価されての事だった。白川さんの何とも明るくさわやかな笑顔が

印象的であった。

 ノーベル賞受賞といえばもう一人欠かせない人がいる。先の南北両朝鮮の国交回復の

きっかけを作った金大中さんである。受賞はノーベル平和賞である。

誰とても異存のない受賞である。これを機により一層南北の和解が進むことを祈っている。

この人は時の政府に敵対する人として、朴政権時代、韓国のKGBによって日本国内から強制的に

拉致されて韓国に連れて帰られ投獄をされてしまった。長くつらい日々にも関わらず、大統領に

選ばれてからは韓国の民主化を一層押し進め、更に太陽政策と言って、朝鮮半島の緊張緩和に

努めてきた。また、長く日本を敵視する政策をとってきた韓国だが、文化面に於いても日本解禁を

するなど多くの改革を行っている。今回の受賞に対し、心から敬意を表すると共に大きな拍手を送りたい。

 宇宙飛行士の若田さんはスペースシャトルへは二度目の搭乗だという事だった。今回の搭乗では

ロボットアームを使って国際宇宙ステーションに基礎構造部「Z1トラス」を取り付けるという仕事だった。

ロボットアームを操作する上で欠かせないテレビカメラが故障してしまい、きわめて困難な状況の

中で見事に任務を成功させた。その功績は同僚の宇宙飛行士も絶賛するほどの見事なものだった。

 シンドラーのリストという映画が上映されて話題になった。とても長い映画だったが、一時も目を

他に奪われることなく見てしまった。それほど強烈な印象が残る映画であった。淡々としたまるで

記録映画でも見ているような描かれ方をした映画だったが、それだけに余計印象が強かったのかも

知れない。きわめて限られた人の中に、こう言った善意の人がいたと言うことは、重苦しい暗い過去を

持つドイツ人としては、いくらかでも救われるのではないだろうか。

 この人はドイツ人ではない。れっきとした日本人である。当時、リトアニア領事代理であった杉原千畝氏

である。当時の外務省の指示に反して独断で日本通過のビザを発給し、6000名近くのユダヤ人の

尊い命を救った人である。しかし、外務省は長くこの人の善意を認めなかった。やっと半世紀を過ぎた

先日、杉原氏の功績を讃える顕彰プレートの除幕式が行われ、河野外相は正式に外務省としての

非を認めると共に、「極限的な局面において、人道的かつ勇気ある判断をした素晴らしい先輩だ」との

賛辞を送った。後の世になって見れば何でもないような事だが、この時代にあってこう言った勇気ある

行動がとれるということは素晴らしい事である。同じ日本人として本当に誇らしく思う。

 政府委員を引き受けたと言って非難を浴びている中坊さんであるが、この人の生き様にも人間としての

素晴らしい一面を見させて貰っている。今回は「瀬戸内海オリーブ基金」の発起人として、建築家の

安藤忠雄さん等と共に、瀬戸内海の島々に百万本の木を植えようと呼びかけている。

ご存じのように中坊さんは豊島の産廃問題の住民側弁護団長として、島の人々と共に産廃問題を

闘った人である。豊島の産廃訴訟はそれを許した香川県が全面的に非を認め、住民に頭を下げることで

一応の決着を見たが、今なお多くの問題を積み残したままである。産廃が島から全て撤去され、その後に

緑を蘇らそうという壮大な計画である。一日も早くその日が来ることを祈っている。中坊さんは単に

弁護団長にとどまらず、緑の復旧のためにも一肌脱ごうというのである。誠に見上げた心構えの人

だと言わざるを得ない。頑張って下さい。と同時に私も機会があれば是非この事業に参画したいと

思っている。

瀬戸内オリーブ基金事務局(06-6371-2227)

 中央政治がとんだ茶番劇に終わってしまった。そんな最中にあって地方政治にわずかながらも変革の

兆しが見え始めたことは喜ばしい限りである。

長野県は長く保守王国であり、揺るぎない現政権に対し、田中康夫氏が担ぎ出され、草の根運動に

支えられて、見事、新知事となった。その後、すぐに衆議院の補欠選挙が東京21区であり、

政党支持のある他候補を押さえて、新人の川田さんが当選を果たした。南国土佐においては

改革を求める市民達が一般公募を行い、その中から橋本氏を選び、見事に手作りの県知事を

育て上げてきた。橋本氏は早、二期目を迎えている。

 このように未だ点に過ぎない地方政治の変革ではあるが、新しい民主主義の担い手となるべき

旗手が登場し、明るい兆しが見え始めた事は実に喜ばしい限りだ。


 変革を求める時、他力本願ではだめだという事が、今回の加藤氏の行動を見ていて良く分かった

と思う。最早、自由民主党自身が自らを変革していく能力はなくなったと見た方が良い。国民一人一人が

自分自身の事として立ち上がらない限り、自らの将来を託せるような政治体制は生まれない。

 今回、栃木県の知事選挙でも変革はおきた。本命と見られていた現職の知事を破って政党支持の全く

なかった福田昭夫氏が見事当選を果たした。これら一連の現象を見る時感じるのは、最早、現体制では

何も変わらないと言う国民の強い危機感の現れではないだろうか。

 日本経済は瀕死の状態である。国民はこぞって自分の将来に大きな危機感を抱いている。いったい

自分たちの将来はどうなっていくのだろう、このまま安心して生活出来るのだろうか、多くの不安を

抱えながら生活している。そんな不安に政治はきちんと答えていない。「IT」だと馬鹿の一つ覚えの

ように同じ事ばかり言って、いっこうに国民の不安に答えようとしていない。最早、自民党を中心とする

現体制では何もできないし、何も期待できない。

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