「愛とは」

 先日、「愛」について書いて欲しいとう原稿依頼を受けました。頼んだ人が本気だったのかどうか定かでは

ありません。しかし、あえて引き受けて書いてみようと思いました。とは言うものの、日頃あまり意識しないこと

ですので、何から書いて良いやら見当が付きません。第一「愛」などと言っても、あまりにも漠然とし過ぎている

からです。いやはや、とまどうばかりです。

 「愛」とはいったい何でしょう。とても大事な事だと言うことは良く分かっていても、具体的に表現するとなると、

とても難しいことです。一口に「愛」とは言っても色んな「愛」があります。一番身近で一般的なのは家族愛です。

親子の愛であり、夫婦の愛です。職業柄、患者さんに接する看護士さんやお医者さん達のような立場の人も

「人間愛」抜きでは出来ない仕事です。学校での先生達の教え子達に対する「愛」もまた、尊く大きな愛だと思い

ます。

 しかし、その「愛」を具体的に説明して下さいと言われたらお手上げです。何故でしょうか。私なりの結論は、

「愛」とは形で表したり言葉で表現できるようなものではなく、心の中にあるものだからだと思うのです。だから

こそ、形で表すことも言葉で表現することも難しいのだと思います。

 最近、実の子でありながら親が虐待をするという話を時々耳にします。我が子を虐待すること等、おおよそ

常識では考えられませんがたくさんあるようです。同棲している男に嫌われたくなくて、自分の腹を痛めて

産んだ子を邪魔者扱いして虐待する母親もいるようです。この母親にとって子供は可愛くないのでしょうか。

子供に対する愛情はどこに消えたのでしょうか。

 昔のお母さん達は、飢えた子に食べさせるため、自分のひもじさは我慢してでも子供には食べさせようとしま

した。親子が飢え死にをしないように、背に子を背負ってでも一生懸命働きました。

 今と昔と母親や父親のどこが違うのでしょうか。無学で文盲に近いような親であっても、子育ては立派にやって

きました。子供を育てることに高邁な知識はまったく必要ないのだと言うことが過去の幾多の例を見ても分かり

ます。それは母親や父親の我が子に対する無限に近い「愛」があればこそ出来たことなのだと思っています。

「愛」だけは進歩も後退もない普遍のものではないでしょうか。それにも関わらず、昨今、目立って大きな変化が

見られるようになったのは何故なのでしょうか。固い親子の絆はどこに消えたのでしょうか。

 話は変わりますが、先日、新聞に、こんな相談が載っていました。高校生だという若い女の子からの相談でした。

付き合っていた男の子が会うたびに、セックスを要求してくるというのです。ある時、いやになって拒否をしたら、

それ以来、電話もかかって来なくなったそうです。女の子にしてみれば、セックス抜きで付き合いたいという思いが

強かったようです。一度許してしまったら、それ以来、しつこく要求してくるので拒否したというのです。女の子の

相談は、セックス抜きでも付き合えるようには、なれないかとというものでした。この相談に対し、ピーコさんは

「初めから体を許すのではなく、お互いに愛し合う事で自然に結ばれるようにするのが、一番自然な愛のあり方

ですよ」と理解しやすく答えていました。大変説得力のある回答でした。

 この相談にあるように、男の子は性的な欲求を満たす事さえ出来れば愛情など関係なかったのです。しかし、

女の子にしてみれば、会ってセックスをするだけでは、何となく心が満たされなかったのではないでしょうか。

男と女という生理的な違いとともに、男女の愛に対する考え方の違いを良く物語っていると思います。

 最近では男女の結びつきも大きく変化をしているようです。その例が離婚率の高さです。精神的に愛し合う事

から自然に肉体的に結ばれ結婚をしたというケースと、初めから性的な関係が優先して結婚したというのでは、

どこか異なるような気がします。性的な関係だけで結ばれた二人の場合、性的な関係が冷めてしまえば、お互い

を必要としなくなり、離婚という事にもなりかねません。

 夫婦は性的な関係も大切ですが、それだけではとても長続きはしません。性的な関係は、時と共に冷めて

いくからです。それでも夫婦という関係が保たれるのは、子供がいる事や、夫婦がお互いに精神的な支えを

必要としているからではないでしょうか。そこに夫婦愛というものが存在しているように思うのです。

 近年は、性の解放とでも言うのでしょうか、先程の若い女性のように精神的な愛ではなく、肉体的な欲求から

男女の関係になったというケースが圧倒的に多いようです。従って、それが「愛」だと誤解したまま結婚した

ものの性的な魅力が感じられなくなって、ただの男と女に戻った時、こんなはずではなかったのにと離婚に至る

ケースも多いのではないでしょうか。若い人に離婚率が高いのも、そんな事が原因なのかも知れません。

 こうしてみますと、やはり「愛」あっての夫婦であり、男女なのではないかと思います。「愛」あるがゆえに、

多くのドラマが生まれ、多くの男女が涙してきました。「愛」とは男にとっても女にとっても永遠のテーマなのかも

知れません。

 今の世の中、何となく乾ききった大地のような感じがします。土には潤いが必要なように、人間関係にも潤いが

必要だと思います。人間関係の潤いこそ、言葉や形には表しにくいけれど、お互いの心から湧きだしてくる「愛」

ではないかと思うのです。

                                               2003年10月26日掲載

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