8月のクリスマス

 見終わっての感想はと問われれば「せりふの少ない淡々とした映画だった」と答えるかも知れない。しかし、

それだけでは何か説明が足りないような気もしている。ストーリーにも、あえて上げるほどの特徴は何もない。

いわば男女のさりげない恋愛話である。それなのに、観ていて、どんどん映画に惹き付けられていくのは何故

だろう。あの観客動員数の多かった韓国映画「シュリ」とは、また、異なった魅力のある映画だった。

 以前から、韓国映画の中では、かなり有名な映画だったと言うことを知ったのは、この映画を見終わってから

の事だった。インターネットで、この映画に関する情報を見ていて、その情報量の多さに驚いた。韓国映画の

中に良い映画が多いことは、NHKで紹介されるアジア各国の映画等を見て知っていた。しかし、この映画には、

それら以上の魅力がある映画のように思えた。

 ストーリーを簡単に紹介しておこう。舞台は韓国の首都ソウル近くの町。その町で、親から譲り受けた写真屋

を開業しているジョンウオンと言う青年が主人公。妹から「兄さん好きな人はいないの」と問いかけられるように、

30歳を越えた今も彼女と言えるような女性はいなかった。実は、彼にはその理由があった。彼は不治の病で

あったからだ。そんな重病でありながら、深刻な素振りは見せず、淡々とした日々を送っていた。

 そんな彼の前に、若い女性が現れる。名をタリムという。交通違反の取り締まりをしている学校を出たばかり

の娘だ。交通違反を写した写真を現像に店を訪れたのが、二人の出会いだった。彼女にとって、単なるおじさん

といった存在でしかないジョンウオンには、愚痴でも何でも気軽に話すことができた。そして、彼は彼女の話を

やさしく聞いてやるだけの存在だった。

 そんなさりげない日々の繰り返しの中で彼は彼女に、彼女は彼に次第に惹かれていくようになる。そうして

初デート。しかし、彼は、自分が重い病にかかっている事を打ち明けられなかった。彼女との交際が始まって、

我が身のどうしようもない事実が彼を苦しめた。諦めていた恋が芽生えたからだった。

 そんな幸せな日々も長くは続かなかった。ある日、彼は倒れて入院をしてしまう。タリムは何度も店の前まで

行ってみるのだが、何度行っても彼の店は閉まっていた。そして彼の姿も見えなかった。彼の住んでいる家が、

どこなのかも分からなかった。店がデート場所であり、二人のくつろげる場所だったからだ。

 彼女はとうとう耐えかねて、ある日一通の手紙を書く。しかし、その手紙は店の中に置かれたままだった。

その手紙が読まれたのは彼が亡くなる少し前、一時退院した時の事だった。そして、その手紙は、彼が大事に

していたタリムの写真と一緒に、そっと箱の中にしまわれた。

 そして、クリスマスが近づいたある日、彼はこの世から去っていく。もちろん、タリムに彼が亡くなったことは

分からない。

 映画の中には様々なシーンがある。そのシーンの一つ一つが絵になっている。ジョンウオンが水を流しながら

窓ガラスを洗っている。水で潤んだ窓には町の景色や彼女の近づく姿が映っている。これも演出だろうか。日が

暮れて店の中が暗くなり、外を通る車のライトが店内を照らしていく。このシーンも何度か出てくる。

 雷が激しい夜、ふと目覚めたジョンウオンが、一人では寂しくなって父の寝ている脇にそっと潜り込む。彼の死

にたくないという思いや寂しさが、雷鳴や稲光と共に効果的に表されていた。

 ジョンウオンが、お父さんのためにビデオの録画の仕方や、写真の現像機の使い方などを書き残していく。説明

はなくても彼の死が近いこと、彼の残り少ない日々であることが淡々と伝わってくる。そして、何よりも涙せずには

見られなかったのは、いつもはお客さんが座る椅子に座って、自分の写真を写すシーンである。いつもと変わら

ない表情であるだけに、より、その深刻さが伝わってくるようで悲しかった。

 彼が亡くなった後の店のショーウインドウには、愛するタリムの写真が飾られていた。彼女は彼が亡くなった事

を、まだ、知らなかった。ショーウインドウに飾られた自分の写真を見てタリムがほほえんでいる。その、ほんの

少し前、ジョンウオンがいつも乗っていたバイクでお父さんが帰って行ったばかりだった。そして彼女は、ほほえみ

を残しながら店の前を去っていく。店の周辺には年の暮れも近い雪が積もっていた。

 全体に抑制の効いたこの映画は、日本の映画監督で言えば誰の演出手法に似ているのだろうか。そんな人は

とっさに浮かんでこない。やはり、この映画特有のもののような感じがしている。

 若い溌剌とした女性と、もの静かな大人の男の対象も良い。全てが完璧に近い珠玉の映画の一つだと言っても

過言ではない。韓国映画でありながら、さして違和感もない。ごく普通に私達の周辺にある日常を描写した映画で

ある。

 そして何よりも、この映画の素晴らしいところは、とかく暗くなりがちなテーマを明るく締めくくっているところでは

ないかと思う。最後の締めくくりをどう持っていくかと言うことは、脚本家も監督も思案したところではないだろうか。

 ただ、題名が「8月のクリスマス」というのは何故だろう。出会いが8月に始まって、クリスマスの頃に終わった

からだろうか。

                                                   2003年9月6日掲載


解説(インターネットより)

 多くの韓国映画人から慕われ尊敬されていた名撮影監督ユ・ヨンギルの遺作でもあり、映画の冒頭には

「この映画をユ・ヨンギル撮影監督の霊前に捧げる」の文字が浮かぶ。音楽監督はチョ・ソンウ。製作は

チャ・スンジェ。シナリオは、オ・スンウク、シン・ドンファン、そして監督のホ・ジノの3人が共同執筆。後に

『私にも妻がいたらいいのに』で監督デビューするパク・フンシクが助監督を担当している。

シネマの世界のページへ戻る

ホームへ戻る