17才の犯罪

岡山県のバット殴打事件の殺人未遂容疑で、指名手配されていた少年が、秋田県の本荘市で発見逮捕されたという

ニュースが報道されて久しい。警察官を初め、学校関係者の方々は本当にほっとされたことと思う。

今後の取り調べの中で、事実関係は次第に明らかになっていくと思うが、いったい事件の背景には何があったので

あろうか。逮捕直後の地元のお年寄りの言葉が印象に残った。「今はゆっくりと休ませてやりたい。犯した罪は償わな

ければならないが、将来のことを考えれば出来るだけ軽い刑にしてやって欲しい」。その思いは、おそらく多くの人が

共通に感じていることではないだろうか。

少年が発見されるまでの一週間余、もしや自殺をしているのではないだろうか、そんな思いもしていた。まさか地元を

遠く離れ、秋田県まで自転車で逃避行をしていようとは誰しも思いもしなかった事である。地元では逮捕される直前の

日曜日、関係者総出で地元邑久町を始め近隣の市町村の大がかりな捜索を行ったばかりであった。

若い命は自らの命を絶つことも出来ず、ただひたすら北を目指していたようだ。少年は逃走中も小遣い帳をつけ、

自分の心情をも書き記していたという。少年の目には過ぎ去っていく道縁の町の風景はどのように映っていたのであろうか。

通り過ぎてきた町の人たちの営みは、どう見えていたのであろうか。

それを考えると本当に胸が痛む。生き続ける力と、生きて行こうという勇気があれば、罪を犯す前に、もっと他の世界

があることを、もっと他の生き方もあるということを考えて欲しかった。もっと大きく自由に羽ばたく機会を与えてやりたかった。

そんな思いがしてならない。狭い殻の中で、自分の周りだけしか見えていなかった事件のように思えて仕方がない。

人生には些細なことがきっかけから、思いがけないような大事件になってしまうようなことも少なくない。

こんなつまらないことから大きな事件に発展する前に、もっと早く周辺には広く大きな世界があることを、何故教えて

やることが出来なかったのだろうか。人生は悪いことばかりではないよと言うことを教えてやりたかった。

今は、そんな思いでいっぱいである。

少年は修学旅行で見た北海道に憧れていたようだから、事件を起こす前に旅に出ていたらどうだろう。他人も自分も

傷つけずに済んでいただろう。もっと広い大きな世界があることに気が付いて、自分自身を別な角度から見ることが

出来たのではないだろうか。

私達大人はナイーブな傷つきやすいこの年頃の青少年達に、いったい何を教えているだろうか。

自分たちの体験や人生の中で学んできたものを、きちんと教え伝えているだろうか。自分たちの歩いてきた道や、

自分たちの周りには無限に広がる広い世界や、長い長い時間があるのだということをきちんと教えているだろうか。

ともすれば自分達の殻の中に閉じこもりがちな少年、少女達に、もっと違う大きな世界や生き方があることを、教えて

いかなければならないような気がするのである。

少年にとっては悪夢のような逃避行であったに違いない。自分と向き合うとてつもなく長い逃避行であったに違いない。

恐らくは夢遊病者のような夢と現実が交錯するような一週間余であったに違いない。

どうか一日も早く全てを告白し、償うべき罪を償って新たなる人生を見つけて貰いたいものである。

                                                     2000年8月5日掲載


〔追記〕

少年は書類送検され、検察は刑事罰が必要だという見解のようです。弁護士は少年の将来を考えて、刑事罰では

なく自分と向き合い、再度人生をやり直すような時間を与えてやって欲しいという見解のようです。

私も犯した罪は大きいけれど、人生のやり直しのチャンスを是非与えてやって欲しいと思っています。

「罪を憎んで人を憎まず」このケースの場合はこの表現が適切なように思うのですが。

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