論理的生活術


第5回 自分的行動哲学

法則その1,やりたいことをする。
 大学時代に人生について哲学したことがある。その結論は長いので今回はとりあえず省略し後機会があれば述べるとするが、簡単に言うと人生に使命などはないので、自分の欲求に素直に従い、それを実現するために行動すればいいんじゃないの、と言うことである。

法則その2,やろうかやらまいか迷っていることはやらない
 これは中国の古代哲学に出てくるが(誰か忘れた。孔子か、孟子か、孫子か・・・)、失敗したときに後悔するので迷っていることはしない方がいいと言うことである。逆に、やるからには徹底的にする。中途半端は後悔の元であり、途中で迷いが生じる。逆に、やめた方がいいことに関しても同じで、やめようかどうか迷っていることはやめない方がいいのである。

法則その3,人生は+−0である。
 例えば500円の定食と1000円の定食があるとしよう。どちらを食べた方がより良い人生かというと、結局どちらも同じなのである。500円の方はおいしくなかったから心の満足度は上がらないが金銭的な余裕が出来る。1000円はその逆である。
 つまり、何かをしたことによっていい面もあるが必ずその反対の悪い面もあるのである。しかし、法則その2にも通じるが、何もしない方がいい、と言うことではなく、するからには覚悟してかかりなさい、と言うことである。
 で、ここで言うところの行動哲学は、法則を裏返しして、「人生に無駄なことは何一つない」と言うことである。どんなことにも何かいいこと、勉強になることがあるはずである。イヤなことにもいいことがある、と言う姿勢で取り組むべきであると言うことである。

法則その4,運(勘)という考え方をしない
 人生に使命がないのと同じ考え方に基づくが、「運に任せる」とか「勘に頼る」と言うことは自分の存在自体の否定につながる。つまり、「運が悪くて事故をした」とか「運が良くてくじに当たった」などというのは自分の行動を自分以外の誰かがコントロールしていると言う風に言っているようなものである。
 そう考え出すと物事の事象を正確に捉える障壁になる。運などと解釈せずに「なぜ事故にあったか」「なぜくじに当たったか」と言うことを考えた方が後のためになるのである。
 それでも自分の能力の範囲内では納得できない、説明できない事象は「運」が関与すると考えている。

法則その5,最悪ということはない
 今まで人生の中で「最悪である」と思ったことが多々あったが、その事態が過ぎ去ればなんてことはない平穏なものである。「これはだめだ」「もう終わりだ」などと考えるのではなく、その時出来ることに集中して取り組み、状況の把握はさておいて改善に努める方が人生で後に役に立つ。

法則その6,相手の立場に立って考える
 人にものを頼む場合、自分ならどう言われたいか、どう言われたら進んで行うか、と言うことを考える。自分に頼まれて断りたいことは人に頼まず自分でする。
 これも古代中国の哲学に通ずるのだが、本来人は「性善」であるという説と「性悪」であるという説と2通りある。これも話すと長いので省略するが、いずれにせよ人の心は計り知れない。相手の立場に立つと言うことはその人の考え方までも組み入れなければならないので、限界があることも承知しておく。
 またこれは、判断において第三者的立場から考察してみるといいと言うことも表現している。客観的考察も必要である。そのために日々相手の言うことをよく聞き、理解するよう努めることが必要である。

2000/12/7

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