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先日とあるお店でそばにいた女の子がパンダの顔風に見えるバッグを見て「かわいい!」といった。 日本人の若者にはこういった表現力が乏しい人が増えてきている。それについて思いついたように書くと、まずボキャブラリーの低下である。本を読まないのでボキャブラリーが少なく、どちらかといえば感情をストレートに表現する語句を多用する。確かに洋服屋さん(この言い方、じじくさい?)にいても「あ、これかわいい!」「これいけてるじゃん!」「あ、いいかんじ」「っていうか、」などという会話が飛び交う。かといって、「紳士的!」「実用的でかつワイルドなイメージ!」「リーズナブルでありシンプル!」と言っている方がおかしい。これはちょっと極端だったが、表現の少なさは感性の鈍さに比例しているように思えてならない。 感性の鈍化はコミュニケーションの不足に関係しているかも知れない。コミニュケーション?コミュニケーション?communication、広辞苑は「ミュ」ですな。コミュニケーションに決定! 新グロモントのコマーシャルで「こういうの俺的にはありなんだけど、(君の場合は)あり?」と言う言い回しがあるけど、要するに説明を省いて感性での共感を期待している。でもこれは「面白い」かどうかを期待しているので、どこがどう面白いという内容は互いに期待していないのである。で、この場合、「俺的にはわからん」となれば通じ合えていないのだがそれは感性の違いであるので互いの感性の説明はやはり不要である。しかし、説明不要であるもう1つの理由は「マスコミの普及、定着」であると思う。互いに同じものを見て「ほれ、面白いだろ」で事が済むのである。説明がいらない。
で、まとめきれなくなってきたので、結局何が言いたいのかというと、みんながみんな「かわいい!」と言っている世の中では私も「かわいい!」と言うだろう。そういわなければコミュニケーションできないからである。どれが正しくどれが間違っているかではなく、みんながやっていることが正しいと言うことも中にはあるのである。 2000/5/25 |