遍照院紹介

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遍照院縁起

真言宗御室派(おむろは)別格本山 神遊山遍照院
当院は神遊山神宮寺遍照院と称し、花山天皇の御叡願により、寛和元年(985年)智空僧正の開創せられた寺であって、延久元年(1069年)後三条天皇の勅願所に列せられたと伝えられている。
ご本尊は十一面観世音菩薩。総高5尺1寸、一本彫の霊佛である。往古は31ヶ寺の末寺を有する当地方に於ける唯一の中本寺であった。
天正年間には毛利家より寺領2000石を与えられ伽藍完備し、寺運も興隆したが、其の後時勢の推移により寺門も次第に衰微するに至る。後に徳川時代には、領主池田家より寺領50石を与えられ法脈を保つ。末寺も江戸末期には23ヶ寺となり、昭和初期には18ヶ寺を有した。
現在は、御室派別格本山に列する。創立以後、数度の火災や水害の為、什宝物書類が流失した為に、正確な古記録を残さ事は残念であるが、広大な境内と、その堂伽藍の配置を見るにつけても格式高い遍照院の昔の面影をよく偲ぶことができる。
国重要文化財 遍照院三重塔
国指定重要文化財
三重の塔は開山智空上人が寛和元年(985年)に創立した後、応永23年(1416年)に智海僧正が再建したものである。
建物は、和様形式を主体とし、方三間、屋根は本瓦ぶきで、屋根の相輪は青銅製、柱は総円柱である。軒は二重繁たる木、木割壮大にして軒の出深く、軒隅反転しており、斗拱(ますぐみ)は和様三手先きとなり、高さは外周地盤より、22.25mである。この塔の最も特長とする所は、軸部を中心に初重ニ重三重を組み立て、それに屋根を組み合す建築様式で、この種の建物では、わが国最古のものである。内陣の須弥壇は唐様形式をとり入れ、壇上には本尊として、金剛界の大日如来を祀る。
総じて室町時代特有の手法をよく遣し、塔全体の各部比例や、軒反りの調子は寸毫も間然する所なく、その荘重優麗な偉容は儼として四隣を圧している。
聖観音立像
県指定重要文化財
本堂内安置。檜材の一木造りで、総高90p。
髪際まで83p肩幅24p荷葉座を含めて101p、頭髪はまだら彫りで、耳を覆う毛にも毛彫りはせず、天冠を彫りおこしている。眼の線、お顔の豊かな感じ、又童顔を思わせる顔にくらべて、腰から下の重厚なおもむきがこの像の落ち着きを与えている。天衣の一部、左手、右手首両足先等は後補であるが、藤原中期の作風がよくでている。
 
 
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